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最高の紙

 紙職人の朝は早い。職人の一日は、原材料となる木の様子を確かめるところから始まる。
 自宅の庭で栽培を始めて数年経ち、ようやく収穫できるまでに成長した木だ。その分、思い入れも強い。他から購入した原料でも紙作りはできるが、やはり自分で育て、品質を管理したものの方が安心感がある。化学肥料や薬品の使用を懸念しなくていいからだ。

 つい先日収穫を終えたばかりの原料を使い、昔ながらの技法で手すき和紙を作る。といっても職人はひとりしかいない。そのため多くの工程をひとりで行わなければならず、大変な時間と労力がかかる。しかしその苦労も、すべては最高の紙を作り出すため――他に人のいない小さな部屋で、職人は黙々と作業を続けた。

 木の皮を剥き、乾燥させてから鍋で煮て、そのあと真水にさらす。水洗いに洗剤の類は使わず、また漂白剤も使わない。真っ白でなくとも、素材の色が残る紙というのも味のあるものだろう。天然の素材だけを頼りに品質を高め、究極の逸品を作り出すのが職人の目標である。

 残るいくつもの工程をやはり一人でこなしていき、理想とする紙を作り上げていく。工場のような大掛かりな設備は無い。手間も暇もかかる代わり、心だけはしっかりと込めている、職人にはそんな自負があった。安価で容易に手に入る洋紙でなしに手製の和紙を選んだのは、ひとえに愛のためである。混じり気なしの、最高の素材で作った最高の紙を、パートナーに贈りたい。その気持ちが、職人を職人たらしめているのだ。

「やったぞ」
 一週間以上の時間をかけて、ついに紙が完成した。といっても、うまく出来上がったのはA4サイズほどのものが1枚だけ、といったところだった。原料も一度にそう多くは取れないから、今の職人にはこれが精いっぱいだ。しかし、理想とする最高の紙を、自分の手で作り出せたのが何よりうれしい。あとは贈る相手が気に入ってくれれば、何も言うことはない。

 職人は作業場にしていた家の、すぐ隣の小屋で寝起きしているパートナーのもとに急いだ。できたての紙を差し出すと、彼女は顔をぐいと近づける。繊維の一本一本をも見定めるように。そうして質を確かめ、充分に香りを楽しんだところでおもむろに紙の端に噛みついた。かと思うと、そのままむしゃむしゃと食べ進めていく。職人の作り上げた紙はものの一分もしないうちに食べつくされ、満足したらしい彼女は大きく一声「メエエエエ」と鳴いた。

 職人が心血を注いで作った紙は無事に気に入られたようだ。しかしこれで終わりではない。さらに上を行く極上の紙を、もっとたくさん作れるようになってやるぞ、と職人は意気込んだ。全ては愛のためだ。
「最高に美味い紙を、これからも作ってやるからな」
 職人と、パートナーのヤギとの絆はより深まっていった。

(1144字)

こちらに参加させていただきたく書きました。

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 新しいはじまりに期待をこめて🌛

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