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やさいクエスト(第六回)

Ⅵ.第一章 希望をはこぶものたち(5)

 アナスタシアが無事と分かり、ジャガイモもようやく落ち着きを取り戻したようだ。いつにも増して気取った仕草でアナスタシアの前へと歩みを進め、ひざまずくジャガイモ。
「お久しゅうございます、アナスタシア様。先ほどの襲撃、お怪我はございませんでしたか」
「ええ。あなた方が駆けつけてくれたおかげで難を逃れられました。感謝いたします」
 上流階級のオーラ全開で相対するジャガイモに、あくまで優美にしとやかに応えるアナスタシア。下々の者が持ちえない、確かな気品が満ち溢れていた。
 そんな二人にやり取りに、というよりはジャガイモの態度に面食らっていたのがキャベツだ。プライドの高いジャガイモが誰かに頭を下げる、ましてやひざまずくなどまずあり得ない。大抵の者は彼より格下だからだ。
 しかしアナスタシアの立ち振る舞いには、ジャガイモの地位と権力をもってしても膝をつかざるを得ない、神秘的な空気のようなものが確かに感じられた。
「そこの方は?」
 アナスタシアの視線が注がれ、心持ち身を固くするキャベツ。立ち上がったジャガイモに手招きされて、その距離を縮めた。
「はっ、彼こそは我が盟友、キャベツであります。共に魔王ピーマンを討たんがため、まずはこの地へと」
「キャベツと申します。知らぬこととはいえ、礼を欠いた言動をお許しください」
 紹介にあずかったキャベツは、まず謝罪を口にした。近づくとより気高さが感じ取れ、畏まらずにはいられない。
「頭を上げてください。あなたもまた勇者のひとり、おかげで助かりました」
 どこまでも柔和な表情のアナスタシア。同じ種族であるはずの魔王ピーマンやパプリカ兵とはまるで別品だ。キャベツ自身、彼女のようなトウガラシ属と会うのは初めてだった。
「すらりと鼻筋の通った、まこと美しいお顔だ。それに珍しい色をしている」
 感極まって呟いたキャベツに、ジャガイモは自分のことのように得意げな顔をした。
「フッ、そんじょそこらのピーマンやパプリカとは違うぜ。アナスタシア様はそういう品種なのだ」
「品種!」
 品種が違えばこうも違うものか――キャベツは今度は心の中でそう呟いた。
「ところで……ジャガイモ、あなた方が魔王討伐に向かうということは、いよいよアレを用いるときがやってきた、ということですね」
「ええ。アレの力なくして、この地に平和をとり戻すことはできますまい」
 不意にアナスタシアの声が張り詰め、神殿に静かな緊張が走った。
「――わかりました、さっそく儀式の準備に取り掛かります。少しのあいだ、お時間をいただきますね」
「承知しました。一度外へ出ようか、キャベツ」
「あ、ああ」
 儀式とは、アレとは、そもそもこの畑は一体なんなのか。促されるまま外へ出たキャベツは、張り詰めた空気を振り払うように問うた。
「なあジャガイモ、一体ここには何が隠されているんだ? 僕にもやはり、秘密なのか?」
「そんなことはないぞ。キミにはぜひとも知っておいてもらわねばならん。共に旅する、君には」
 ジャガイモの返答は、煙に巻かれるのを覚悟していたキャベツにはやや意外なものだった。
 付き合いの長さでわかる、ジャガイモがストレートに何かを伝えようとするとき、それは真剣かつ重要なことなのだ。キャベツははやる気持ちをおさえ、ジャガイモの言葉に耳を傾けた。
「まず、この地の真実から明らかにしよう。ついてきたまえ」
 どこへ、と聞こうとしたが、その必要はなさそうだった。進んでいる方向に、ひときわ高くそびえる塔が見えたからだ。ジャガイモが案内しようとしているのはまずその塔で間違いない。詮索はあとにして、キャベツはひとまずついていくことにした。
 特に慌てることもなく、静かに歩いていく二人。ジャガイモはともかくとして、キャベツがこの土地に入るのは初めてのことだ。畑と聞いていた通り、畝があり、植えられた作物が茎や葉を伸ばしている。ただ。
「妙にまばらで、曲がりくねった畝だな……」
 その様相はいわゆる普通の畑とは大きく異なっていた。畑といえば普通、ひとつの区画になるべく無駄な隙間なしに、何列かの畝を平行に作る。それが、ここでは一列の畝がどこまでも途切れず続き、途中でさらに枝分かれしたり曲がりくねったりと、まるで奔放なのだ。ある程度密集している部分もあるが、普通の畑と比べれば随分と間隔が空いている。植えられた作物たちはとびきりの開放感を味わいながら成長できるだろうが。
「ナス、トマト、ジャガイモ、トウガラシ。色々と育てているんだな、でも」
 畝のそばに立てられた作物名のプレートを読みながら、なおも首をかしげるキャベツ。
「畝の途中から植えてある作物が突然変わっているのは、特別な栽培法か何かかい?」
「いや、それ自体に意味はないな。なるべくたくさんの種類を平等に育ててやらないと、格差だ何だと怒り出すヤツもいるもんでね――さあ、四の五の言わずに塔に上りたまえ。話はそれからだ」
 キャベツが畑に気を取られているあいだに、塔は目の前にまで迫っていた。ひとしきり走り、戦いを終え、今また高い塔の階段を上るのはさすがに骨だ。それでも何とか最上階まで到達すると、そこは畑の全景が臨める展望台になっていた。
「さあ、キャベツ。ここから畑を見てみるがいい」
「ただ見晴らしがいいだけ、なんてことはないだろうな」
 言われるがまま、キャベツは地上数メートル、自身の何倍もの高さの展望台から、広大な畑を見下ろし――
「こ、これは!?」
 ――広がる景色に、ただ愕然とした。
「絵が……曲がりくねった畝によって、大地に絵が描かれている!!」
 一見して非効率的で規則性なく奔放に耕された畝は、実は地上に絵を描くためのラインだったのだ。
 絵はいくつかあり、ジャガイモの花やトマトの実といった野菜のほか、円などの図形も散見された。それぞれ小さな集落くらいなら収まりそうなほど大きい。
 そんな中、畑の真ん中にひときわ大きく描かれていたのが、ナスの絵だ。さらに絵の中心にはアナスタシアの神殿があり、この巨大なナスが特別な意味を持っていることがうかがわれた。
「まさか、こんなに巨大な絵が描かれていたとは……!」
「それだけではない。この畑で栽培されているのはすべて、ナス科の野菜なのだ。無論、このジャガイモもな」
 誇らしげに自らを指し示すジャガイモ。ナスは当然ながら、トマトも、トウガラシも、さらにはパプリカも――キャベツがこの畑で目の当たりにしたのは間違いなく、ナス科のものばかりだった。
「で、ではこの畑、いや絵はすべてナス科の野菜で構成された――」

「そう、これこそ『ナス科の地上絵』!!」
「『ナス科の地上絵』!?」

「この地上絵、そしてこの地の中心に封じられしものこそ、我らナス科が守り続けてきた『秘密』なのだ」

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神月裕
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