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やさいクエスト(第八回)

Ⅷ.第一章 希望をはこぶものたち(7)

「これが……」
 思わず手を伸ばしそうになるキャベツ。美しいもの、偉大なものに手を触れたくなる感覚は誰もが一度は体験するものだ。しかしキャベツはそれ以上に強力に、引力めいた不可思議な力に手を引かれたような、剣そのものに呼ばれているかのような感覚を覚えた。が。
 この剣は、ナス科が代々護ってきたもの。
 先ず触れるに相応しいのが誰なのかは、おのずと分かる。
「ようやく、勇者としてこの剣を振るう時がやってきたようだな、ジャガイモ」
「うむ……」
 剣の柄に手を掛けるジャガイモは、やはり神妙な面持ちだ。もっと堂々と自分を誇り、喜びを表現しそうなものだが――キャベツは友の硬い表情が気にかかったが、この剣を手にするということは、いよいよ勇者としての重責を背負うということでもある。緊張も仕方がないのかもしれなかった。
「はッ!」
 気合い、あるいは決意の一声とともに剣を引き抜くジャガイモ。剣は音もなく持ち上がった。
「こう言っては何だが、意外と呆気ないな」
 伝説にもある通り、抜いたからには地下の暗闇を吹き飛ばさんばかりのまばゆい光が溢れ迸り、程度には想像していたキャベツ。やや拍子抜けであった感は否めない。
「まあ、時と場合にもよるだろうさ」
 天地のつるぎはそのままジャガイモの背へと収まった。腰には普段使いの剣が差さっているから、妥当な携え方ではあろう。
「折角手にしたのだ、腰のと入れ替えてもいいんじゃないか?」
 キャベツは訊いた。いざという時にすぐ扱えたほうが有利なのは明らかだ。戦いに長けたジャガイモがそれを考えないはずもない。
「この剣は我々の切り札。温存するに越したことはあるまい」
 剣を背負いながらも器用にマントを翻すジャガイモ。いつもの自信を取り戻したようだ。
 そんな彼が言うのだから、きっと信頼できる。キャベツはそれ以上追究せず、ただ普段のままへと戻った友の姿に胸をなで下ろした。
「ジャガイモ様、お似合いでございます」
 二人を見守っていたアナスタシアも、大役を終えてようやく緊張がほどけたようだ。舞いで乱れた着衣を正そうともせずに微笑する様からは、少女のようなあどけなさ、そして濃い疲労の色が見え隠れしていた。
「アナスタシア様、お力添えいただき有難うございました」
 深く頭を下げるジャガイモ、それにキャベツ。
「よいのです。他に私にできることはないのですから。お二人とも、旅の無事を祈っておりますわ」
 アナスタシアに見送られながら、二人は神殿を後にした。まだ日は高い。争いの止んだ畑はやわらかな陽光に照らされ、ここまでの出来事がまるで嘘であったかのように穏やかだ。
「よし、これでピーマンのもとへ……」
「悪いな、キャベツ。実はもうひとつだけ、ここでやらねばならないことがある」
「?」
 意気込むキャベツを、ジャガイモがまたも制した。一刻も早く旅立ちたい今この時に、このうえ何をしなければならないというのか。
「収穫を手伝ってくれ。イモをなるべく多く獲りたい」
「イモ? ナス科の畑だから、ジャガイモか。食料は足りているんじゃ」
「使い道は別にある。オレは一旦家へ戻って運搬用のクルマを取ってこよう。オレが帰ってくるまで、頼むぞキャベツ。なに、時間はかからんさ」
 ジャガイモは一方的にまくしたてると、そそくさと畑から出ていってしまった。
 旅に、イモ。ジャガイモの思惑は皆目見当もつかないが、彼が手伝いを要求するのなら、どうあっても必要なのだろう。
 キャベツは巨大地上絵を構成する中から手ごろなジャガイモ畑を選ぶと、慣れた手つきでイモを掘り出していった。畑自体はいびつでも、とにかく面積が広く、作物自体も多く栽培されている。収穫されたジャガイモが山を成すのに、さしたる時間はかからなかった。
 ひと通りイモを掘り終えると、今度は戻ったジャガイモと共に彼のクルマに載せていく。流石に上流階級、ジャガイモはもとより、キャベツが百体載っても大丈夫そうな、大きく頑丈そうなクルマだ。その大きなクルマの荷台が、みるみるうちにイモで埋まる。
「これだけあれば、文句はあるまい」
 二人はイモの積まれた荷車を引きながら、町へと戻った。

 ※

 ジャガイモの邸宅で戦いと収穫の疲れを癒し、翌日。持ち帰った大量のイモは、どうやらすでに使い道が決まっているらしかった。
「さてキャベツ、町の西側に『ある作物』の畑があるのは知っているか?」
「勿論だとも。僕だってこの町で生まれ育ったのだ、町内の家や畑くらいは心得ているさ。西といえば、確か……」
 ここで別の畑の話題が出てきたということは、きっと答えはシンプルだ。大量のイモを、その畑へと……その畑の所有者のもとへと運ぼうというのだ。この町のものが野菜を抱えて余所の畑を訪問する理由はただひとつ、物々交換である。
 キャベツの記憶に間違いがなければ、目当ての作物はジャガイモやキャベツに比して大きく、価格も高いものだ。とはいえ、それでも。
「ちょっと、イモが多すぎやしないか」
 荷車に山と積まれたイモは、ともすれば一生分にもなるかもしれない。目当ての作物を一体どれだけ必要としているのか。
「フッ、やはり葉物、まだまだ青いなキャベツ。畑の主が手塩にかけて育てた作物を分けてもらおうというのだ、こちらも最大限の誠意を示さねばならん」
 朗々と語るジャガイモに、キャベツは苦笑した。彼は礼節においては律儀であり、交換や施しの際には出し惜しみしない。普段は気障で軽薄げな言動の目立つジャガイモが、それでも民衆から慕われている理由はそういった部分にあった。
「君らしいな」
「ハッハッハ。金持ちがケチでどうする。さあ、作物を頂戴しに行くぞ」
 目的の畑は町の西の端、といっても同じ町内だ。それほど時間がかかるというわけでない。ややあって到着した畑は、キャベツの記憶通りの作物のものだった。
「交渉はオレに任せろ」
 ここでも流れるように前に出るジャガイモ。どこまでも頼りになる男だ。文武両道で話術も巧み、そのカリスマ性は誰もが持ちえるものではなく、その上に地位と肩書きまで――。
 ――ジャガイモはどうして、自分を旅に誘ったのだろう?
 ふと、キャベツは思った。

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神月裕
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