原美術館「光―呼吸 時をすくう5人」にて
2020/10/2 金曜日
芸術作品を観ることは、記憶を辿ることなのだろうか。
来年2021年1月11日に閉館してしまう原美術館が開催している最後の展示、「光―呼吸 時をすくう5人」をみながら考えていたことだ。
原美術館に初めて足を運んだのは、いつのことだっただろう。暑い暑い夏の道を、品川駅から汗をかきながら歩いて行ったあの夏かもしれない。冷たい風に凛とコートの襟をたて、手の届かないほどの遠い空を眺めながら歩いて行ったあの冬かもしれない。もしくは今頃のように、金木犀の香りにつられながら大崎駅から歩いて行ったあの秋だろうか。それとも、道に迷って辿り着いた、道の行き止まりできれいに花を咲かせていた家のおじさんに美術館までの道を教えてもらったあの春だろうか。
何十回と足を運んだ場所ではないのに、何故か原美術館のことを思うと、季節が鮮やかに浮かび上がってくる。どのアーティストの何の展示をみたのか、覚えているものもあれば、記憶の片隅にすら残っていないものもある。それでも私はいつも、原美術館を訪れるたびに、とても大切な家に戻ってきたような感覚を覚える。
コロナウイスルの影響で、現在はチケット制で人数制限をして開館している原美術館。朝に早く目が覚めたので、水を一杯飲んで、チケットを予約した。おそらくこれが、原美術館を訪れる最後なのだろうなと思いながら。
予定より早く着いたものの、予約した時刻よりも早く案内してくれた。館内の入り口へ一歩足を踏み入れると、玄関空間の左手の壁に目をやる。以前訪れた時、真っ白な壁に小鳥のような形をした影が落ちていた。これも展示作品の一部なのかと影の先をみたが、その時間帯に注ぐ陽の角度でできた、ただの偶然だった。美術館に来ているという意識だけで、ちょっとしたことが芸術作品に見えてしまう。そういう人間の心理にひとり笑っていた自分を思い出した。今は小さな額縁に入れられた作品が壁にバラバラと飾られている。
受付を済ませ、その隣にあるギャラリーⅠに入る。リー・キットの「Flowers」が暗闇の中、大きな一点の光に照らされていた。部屋に入る時にその光の中を通る時、作品が飾られている同じ壁にかけられていた、いつかみた、ソフィ・カルの作品を思い出した。海辺に立つ盲目の男の人の顔が大きく写ったその写真を、同じ場所に立ち、ただ茫然とみていたあの時の自分。館内に入った瞬間から聴こえてきた、ドビュッシーの「月の光」が、夜の海を思い出させたせいかもしれない。(あの頃の私と今の私は、いったいどう違ってしまったのだろう)と、急に脳裏に言葉が響いた。
ギャラリーⅡに続く廊下からギャラリー内にかけて、佐藤雅晴の「東京尾行」が展示されていた。東京の何気ない風景を長回しで撮影したクリップに、映像の一部をトレースしたアニメーションを加えた映像作品である今作。見始めた時にはうまく掴めなかったけれど、しばらく見ていると、心がぐらぐらと揺れる感覚がし始めた。人がただただ日常を送っているその景色が、とんでもなく温かいのだ。
今展示の主旨を読めば、背景にCOVID-19による「日常」の変化がテーマに含まれているのはすぐにわかる。しかし私は別に、自粛要請で人と会えない日々が続いた時期を過ごしたせいで、目の前の作品の中に映されている「日常」が温かいと感じたわけではないだろう。こんなことを言うと酷い奴だと思われるかもしれないが、私は自粛期間中、正直寂しいと思ったことは一度もなかったからだ。私の心に落ちてきたこの温かさは、現社会の現状をもってしてというよりかは、32歳である私というひとりの女が生きてきた過程の、たった今の人生における点で、あらゆる経験と想いを含んで初めて感じられたものなのだと思う。なんでも手に入れようと足掻いていた青の時代を過ぎ、少しずついろんなものを削ぎ落とし始めた今だからこそ、この作品の中の「日常の温度」が、乾いた土に降る雨のように沁みてきたのだ。ある程度欲しいものを手にし好きに生きてきた先にある今の私は、遠くのものよりも、近い何かを求めている。その距離感が、「東京尾行」と重なった。
佐藤雅晴の作品を追いながらギャラリーⅡの中へと足を運ぶ。館内中に響き轟いていた「月の光」は、ギャラリー奥の庭を望める小さな空間に置かれた自動演奏ピアノから流れていた。ピアノの旋律を背景に、窓から原美術館の中庭を眺める。館内のどちらかといえば洋風なつくりに比べ、庭は韓国か中国の庭のようなつくりをしている。ドビュッシーの中でも特に好きで、ピアノを習っていた時分よく弾いていたこの曲を聴きながら、私は遠いどこかに記憶を奪われていた。特定の記憶を思い浮かべていたわけではないけれど、確かに私は遠い過去を見ていた。記憶は混ざり合い過ぎると、ただ透明になるのかもしれない。陽はまだ高く気温も高いのに、その庭はまるで冬の日のように見えた。最後にこの庭を見たのは、もしかすると冬だったのかもしれない。
同じギャラリーⅡには、城戸保の写真作品も飾られていた。本人が「突然の無意味」と表現する何気ない日常の中でズレてしまった「もの」たちの姿。尊いと呼べばあまりにも日常から遠ざかるような大袈裟な表現になるが、普通なんて言葉で片付けるにはあまりに勿体ないその「もの」たち。結局写真とは何だろうと、打たれる胸に左手をあてながら根源的な問いに立ち戻っていた。今日は暖かな小春日和のような日で、館内には優しい光が降り注いでいた。きっと今日の天気と、城戸の写した写真の季節が、あまりにも合いすぎていたのかもしれない。私は作品に触れるギリギリに立ち、写真の中で零れ咲く梅の花の匂いを嗅いで、瞳にまとわりつく薄い水の膜を剥がし落とさないように、瞬きをした。美しく儚く温かなものは、いつだって怖い。
一階から二階にかけて、佐藤時啓の今展示の題にもなっている「光ー呼吸」が飾られていた。原美術館内を巡り走る光をモノクロで捉えた、この場所を惜しむにあたり、比較的コンセプトのわかりやすい作品だった。そのストレートさに、私はとても好感を覚えた。言葉と同じだと思ったのだ。複雑な想いを伝えたい時は、簡単な言葉を選んだ方がいい。言葉は説明すればするほど、感情の本当の姿から遠のいてしまう。たくさん伝わらないと思っても、簡単な言葉を一言二言伝える方が、後になって後悔することが少ない。伝えきれなかった余韻が、あとは埋めてくれる。佐藤の原美術館での最後の展示作品には、それに似た何かを感じた。
佐藤の作品に映る光を目で辿り、原美術館内の廊下やギャラリーをくまなく見ていく。ふと、卒業式の日に学校を去る瞬間、何気なく振り向いて眺めた廊下や教室の景色が浮かんだ。すぐに忘れてしまったのに、あの時にみた景色は、思い出せばいつでも切ない景色として蘇る。そうして刹那に感情を傾け、あっさりと手放した人たちが、私の人生には何人いるのだろう。
久しぶりに入った常設の展示部屋である奈良美智のMy Drawing Room。いつも見られるからと、一度もきちんと隈なく見ていなかったのだと気付く。壁に貼られた写真も、積まれたカセットテープのケースに書かれたバンド名も、机の左斜め上に貼られた映画「空気人形」の小さなポストカードも、初めて見るものばかりだった。5分ほどひとりで部屋の中を観察。絵の中に書かれた英語のスペルミスを発見したり、壁中に飾られたドローイングの中の少女で物語を想像してみたり、いつでもあったその常設の空間にあるものを、スーパーの特売袋詰めみたく心の目に詰め込んでいった。特に奈良の作品をすすんで好んだことはないが、今日この空間の中に立つと、途端に寂しくなった。そんな私の勝手ささえ、きっと奈良というアーティストは受け入れてくれる人なような気がした。
名残惜しくて、再度一階に戻り、再び佐藤(雅晴)と城戸の作品をみた。
別れて鑑賞していた親友と合流し、一階のカフェでコーヒーを一杯。注文した段階でもうすぐ閉まると言われたので、少し焦りながら飲んだ。テラス席から目の前に広がる小さな芝生の空間を見ると、人がバラバラと小さく彫刻作品を見ながら歩いている。佐藤の「東京尾行」を見たせいで、目の前で今繰り広げられている「日常」が、作品として展示されていた。幾度も大きな音を立てて真上の空を飛んでいく飛行機をみながら、ずいぶんと長い間、飛行機に乗ることもなく、この東京という街にいるなと改めて思った。毎年海外や日本国内を暇さえあれば旅をしていた時に比べ、会いたい人が浮かばないと、遠くに行く気力がずいぶん減った。それは大人になったということなのか、それともあらゆることに興味がなくなってしまったということなのか、少しだけ寂しい気持ちになったのは、たぶんハラハラと舞い落ちる葉が、すっかり秋の速度に乗っていたからなのだろう。
店の人に「そろそろ閉店なので」と言われてカフェを出ると、館内に鳴り響いていた月の光が消えていた。無音の廊下を通って改めて「東京尾行」を見ると、何だか少し味気なく寂しかった。佐藤が「東京尾行」の一部としてこの曲の演奏を加えた理由が、その時になってより理解できた。「全ての芸術は音楽に憧れる」というらしいが、まさにこの展示も、月の光によって完成させられているところが大きいような気がした。
客のいなくなった館内を出ると、すっかり冷たい秋の風が、夏の暑さを残す陽の中に吹いていた。美術館から一歩ずつ遠のきながら後ろを振り向く。外に置かれた薄く色の落ちたピンク色の電話ボックス。私はいまだにあれが作品なのか本物なのか知らずにいる。確かめればすぐにわかることだけど、最後までそれは確かめずにいようと思った。どうでもいいことだけれど、そういうちょっとした不思議があると、いつまでも記憶を楽しめる気がするから。
親友と「今度都内のホテルに泊まりに行って気分だけでも旅行しようよ」と盛り上がりながら、大崎駅まで歩いて向かう。
芸術作品を観ることは、記憶を辿ることなのだろうか。
私が今日観たのは、「光ー呼吸」という展示を通して観た、「原美術館」の記憶たち。そして過去に生きた私の記憶。そしてそれこそ、原美術館最後の「原美術館」という名の、最後の展示だったのだ。
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