見出し画像

スマホを忘れただけなのに

家を出て、玄関の鍵がオートロックで閉まる音が聞こえたときに気づいた。
スマホを家に忘れた。

週末の朝、最寄駅沿線で一人暮らししている娘から電話が来て、今日の午後に新しい冷蔵庫の配送があって朝から外出したら、午前中に届けられますよと連絡があったのだという。ママ、代わりに受け取ってもらえる?と言うので、お安いご用と請け負った。聞けば、ちょうど1時間後に来るそうだ。我が家から娘の住まいまでは、ドアツーで1時間もかからない近さ。今から出たら十分間に合う。

ここで私のいつもの「ついで癖」が疼いた。冷蔵庫の設置なら少し時間もかかるだろう、その間仕事ができそうだからパソコンを持っていこう、に始まり、そうだ、今度娘が来たときに持たせようと思っていた焼き菓子と炊き込みご飯が冷凍庫にあるから一緒に持っていこう、昨日届いたさつまいもも、未開封のふりかけも持っていってあげようか、と親心が溢れ出す。
とりあえずパソコンと資料をバッグに入れ、あれこれと思いついた先から食料品を冷凍バッグに放り込んでいたら結構ギリギリ。よし出よう!と思ったら自分が化粧していないのに気がついたが、マスクでごまかすことにして、両手に荷物を持ち家を飛び出し、ギーと玄関の鍵が閉まるのを確認しているその数秒の間に、

あ。スマホ。

と気づいたが、ときすでに遅し。無情にも施錠完了。
オートロックなので、スマホがないと開けられない。

あっ電車に乗るのに、スマホがなかったらSuicaが使えない…!
でも、ありがたや、かろうじてお財布がバッグの中に入っていた。
冷蔵庫の配達時刻は迫っている。今すぐ出発しないと間に合わない。

最寄り駅まで急ぎ、切符売り場で小銭を出して紙の切符を買い、各停電車に乗り込んだ。
あと2駅で急行電車との待ち合わせ、さあどうする。娘の住まいの最寄駅、急行停車駅から歩けば7分、一番近い各停駅なら歩いて4分。このまま各停で行くか、急行に乗り換えるか。各停のままなら何分に着くんだろう、と思ったけれど、それを調べる術なし。だってスマホを忘れちゃったもの。

頭の中でどうにか、どっちが早いかを計算していたら
「急停車します、ご注意ください」
の車内アナウンス。この先の線路で危険を知らせる信号を受信しました、と言って電車が止まった。
ああああどうしよう、もしこれで止まってしまったら、もう間に合わない。
そうなったら、せめてご迷惑にならないように配達業者さんにご連絡をしなくちゃ、と思ったけれど無理。だってスマホを忘れちゃったから。

ありがたいことに電車はすぐに動き出した。
あああよかった、今何時かな、と時間を知りたかったけど、それも無理。だってスマホを忘れ…、いやいや私の腕にはスマートウォッチが。時間も、心拍も、歩数もわかる。
時間を見たら、よし間に合いそう、さあ急行電車に乗り換えるか、このまま確定で行くかいよいよ決めなくちゃ。余裕がほしいから、ここは急行に乗り換え!と心に決めた瞬間、はたと気づいた。ふだん私は、一番最寄りの各停駅から娘の住まいに行くことが多く、急行停車駅からあまり行ったことがないことに。
急行に乗り換え、急行停車駅から歩いたほうが確実に早く着く。でも道に迷ったら。頭の中で、駅から娘の住まいまでのルートを必死で辿ってみた。改札を出て、コンビニを通り過ぎで、ああ、あの通りだけちょっと不安。地図で確認できればそんな心配いらないのに、それは無理。だってスマホを忘れているから。

ええい、ここは自分の勘にかけるしかない、と私は電車を降り、急行に乗り換えた。これがご英断、道に迷うこともなく、無事に冷蔵庫の搬入を見届けた。
さて目的は達したが、娘に連絡するにも、スマホがない。どうしよう。一人暮らしの住まいには固定電話などない。

おもむろに私は持ってきたパソコンを取り出し、娘の家のwifiルーターをひっくり返してパスワードを入れ、「ママのスマホ持ってきて」と娘にメールを送った。
スマホを忘れただけで、朝からとんだ綱渡り。
すっかりお腹が空いたので、娘に持ってきた炊き込みご飯のおにぎりを1つ失敬して、レンジで温めて食べたりしている。



いいなと思ったら応援しよう!