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3ヶ月で息子との関係を立て直した話。。その3


最初のステップとして、「過保護」に徹するとともに「過干渉」をやめることにした。私はとてもうるさいママだったのだ。


1、子供に居場所を与える。子供の存在を認める。

アドラー心理学で「ヨイ出し」というのを学んだ。「ヨイ出し」とは「褒めること」だと思っていたけど違った。「行動」や「気持ち」を言葉にして言うことで、その存在を認めたり、居場所を与えるものだった。例えば、トイレにいったら「一人でトイレに行ったね」「すっきりしたね」、歯を磨いたら「歯を磨いたね」「歯がきれいになったね」、ゲームをしていたら「ゲームしてるの」「楽しそうだね」などと声をかける。

→実は中々上手く出来なかった。原因は後で分かったのだけど、とりあえずやってみたことで「早く~できたね」「~できてすごいね」と「褒める」のは上から目線だということ、そして条件付きの「認める」だということに気が付いた。そして、あえて「褒める」言葉を使うのをやめた。(褒めないということではない。)

2、ネガティブに注目する「余計なひと言」を言わない。

「ヨイ出し」をしようと集中したことで逆に「言わなくてもいいこと」「不要なこと」「余計なこと」を言う「ダメだし」をしていたことに気が付いた。それまで「蛇口がちゃんと閉まってなかったよ」とか、「~だったらもっとよかったね」とか、「こういうやり方するともっといいよ」とか、気づいたら次は気をつけるかなとか、本人が気付くことでよくなるヒントのようなつもりであえて言っていた。でも自分の言葉に注目するようになって、それが「言う必要のない」「余計な」一言だったと気付いた。

「人は注目した行動が増える」という。良かれと思って言っていたことは「足りていないこと」「出来ていないこと」「上手くいってないこと」にわざわざ注目させているようなものだった。その結果、言われる度に息子は自信を失い、自己肯定感を下げていたのだった。それから「不要な一言」「余計な言葉」を言わないように気をつけた。次第に息子が「あっ!」と目を伏せることがなくなっていった。

3、必要以上の自分勝手な期待を捨てた。

「余計な一言」を言わずにはいられなかったのは、「私が不安だったから」「息子を信じていなかったから」だと気が付いた。裏を返せば、「私の自己肯定感が低かったから」「自分を信じていなかったから」だと思う。それは自分が自分の期待に応えられないことでもあり、自分にかけられない期待を息子にかけていたことに気付いていなかった。

→自分が(諦めて)出来ないことを息子に押し付けていたことに気が付いた。息子が出来たら、まるで自分の穴が埋まるような気がした。でもそれは私の希望であり、息子のものではなかった。反発するのは当然だった。それまで、様々な子育て情報を見ては息子に期待した。でも上手くいかないどころか、それは不要な傷を私たちに残した。

4、子育て情報を見るのをやめた。

「過保護に徹すること」と「過干渉をやめること」を決めてから、息子を変えようとするのをやめた。そうして息子を観察していたら、元々出来ることはほっといても出来るし、元々出来ないことは教えても、やらせようと仕向けても出来ないと気が付いた。

例えば、お金の管理を身につけるにはこう育てるとか、手伝いが出来る子にするにはこう、自発的な子にするにはこう・・・という方法論があるけれど実は、元々そういうことが出来る性格の子に、そういう方法を試したら上手くいっただけで、元々そうじゃない性格の子にそういう方法を取ってみても上手くはいかないんじゃないだろうか。(完全に自分勝手な解釈だけど)同じようにやろうとしても上手くいかなかった親の失敗ではなくて、たまたまその子がそういう性格ではなかっただけの話ではないかと思った。私は自分軸をしっかり持っていなかった。周りの情報に振り回され、息子を振り回していたことに気が付き、そういう情報を見るのをやめた。

5、ありのままの息子の性格を受け入れた。

息子のいいトコも気になるトコも、いくつもの前世を生きながら彼が獲得してきた性格であり、親がどうこうできるものではないと理解した。(私は輪廻転生を信じている。)生まれ持った性格をそのまま良しとすることは、その人を尊重することじゃないだろうか。息子の長所は、私の望む我が子の姿とは違うかもしれない。でも客観的に見て人に迷惑をかけるものではないし、それを好む人もいると気が付いた。そして彼が今世に持ち込んだ課題は、これからの長い人生の中で彼が向き合っていくものであり、親がどうこうできるものでもなければ、余計な手出し口出しをすべきものでもないと思った。兄弟を見るとよく分かる。同じ親から生まれ、同じように育てられたとしても(旦那の兄弟を想定している)同じにはならないようだ。


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「過干渉」をやめるといっても、特別なことはしていない。ただ自分の不安や心配から溢れる「余計なひと言」を言うのをやめた。よかれと思って指摘していた「おせっかい」をやめた息子を変えようとするのをやめた息子に期待するのをやめた。ありのままの姿をしっかりと見つめなおして、彼はこういう人間なのだと認めた自分自身の不安と自信のなさを認めた

「過保護に徹すること」と「過干渉をやめること」は、うちの息子には意味があったようにみえた。でもそのうちに、新たな問題が生まれた。

息子は今まで抑えていた思い、満たされなかった思いを埋めるように、私に甘えてくるようになった。小柄でも12歳間近かの男の子の力は強く、受け止めるのが苦痛になってきた。そして反抗期らしく、わがままを言ったり自分勝手な言動が飛び出した。「甘え」と「わがまま」が交互に顔を出す。戸惑った私は、また自分なりの理解を得たくて、答えを探し始めたのだった。



長くなったので続く。

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