舞踊・バレエ照明の舞台の色を選ぶということ
「あなたの作品ね、全体的に緑っぽい明かりにしようと思うの」
しまった。その瞬間、振付家の表情が凍りついたのを今でも覚えています。これはちょうど1年前、NDTでのクリエーション中の出来事です。私の「緑」という言葉選びが間違っていました。
舞台照明における「色」と「色温度」は、もはや別の言語として定義した方がいいのかもしれません。一般的に「緑の光」と聞くとどんな明かりを思い浮かべるでしょうか?おそらく原色のグリーン、濃くて人物の表情などはほとんど見えないような明かりではないでしょうか。
「緑はちょっとよくわからないんだけれど...」
「いや、私の言い方が悪かった。見てもらえば絶対わかるから、お願いだから一度見て」
この会話を何度か繰り返した後の舞台稽古の日。約束の時間より少し早く、客席後方より振付家が半ばスキップしながら駆けてきました。
「さっきから舞台に出しているの、私の作品の明かり?さっきから上で見ていて、きっとそうならいいなってずっと願っていたの」
結果的には気に入ってもらえて本当に良かったのですが、最初の説明の仕方は今でも反省しています。「緑」という言葉で私が表現したかったのは、真緑の光ではなく、うすーーい緑がかった白い光だったのです。
コンテンポラリーダンスやバレエの舞台で原色の濃い色を使うことは稀です。効果として短時間使うことはありますが、それは例外です。通常はその色を水で百倍に薄めたような「ほとんど白」の明かりの中で、「少し青より」「少しオレンジ寄り」「若干グリーンのトーンを足して」「ラベンダーに寄せて」といった振り幅の繊細な調整を行っています。なぜこうして白に近い明かりのトーンを微妙に変化させることにこだわるのでしょうか。
光のビームを見せて演出するコンサート照明と違って、コンテやバレエ、芝居の照明では「演者を見せる」ことが最優先です。濃い色を使えば、表情や動きのニュアンスは失われて、観客の注目は演者から発せられる機微ではなく「色」という別の情報に引っ張られてしまいます。色温度を少し変えるだけで、甘さシャープさ、鮮やかさや落ち着きに変化をもたらします。多くの場合、観客が意識するほど劇的なものではありません。気づけば場面の印象が変わっている。そんな無意識の領域への働きかけが観劇体験をより作品の本質に誘導する、演出照明の中で一番大事な仕事だと思っています。
ハロゲンライトが主流だった時代、このような色温度の変化を作り出すには、同じ配置の照明を「薄いアンバーのフィルター」と「薄いブルーのフィルター」の2セット、贅沢な現場では「ナマ」を加えた3セットを仕込む必要がありました。
このシーンではアンバーのみ100%点灯させて、しっかりアンバーに
このシーンではアンバー60%、ブルーを50%点灯させて、白っぽく
アンバー70%にブルーを30%だけ混ぜるとピンクのニュアンスを乗せられる
などと混色の技を繰り広げて、限られた仕込みの中から場面に応じた色を得ていました。この2色の選択は、照明デザイナーの腕の見せ所で、それぞれがお気に入りの組み合わせを持っていました。
あるクラシックバレエの公演で、「薄いサーモンピンクと黄みの少ない薄いグリーン」という組み合わせを選んだことがありました。照明界には「肌の色を美しく見せたいならグリーンは避けるべき」という原則があります。案の定、仕込みの段階で周囲からは「正気か」と言わんばかりの視線を浴びました。でも結果は見込み通り、使いやすい組み合わせとなりました。2色を組み合わせれば冷たい白になり、ピンクを強くすればアンバー寄りに、グリーンを強くすればグレーのニュアンスの強いシャープな明かりになりました。グリーンの衣装が多い演目で、他の明かりのたくさんついているシーンでグリーンを足すと衣装の色味が浮かび上がり、ジゼルの墓場のシーンでは地明かりに仕込んだブルーにグリーンをうっすら乗せて雰囲気に貢献し、その時の演目には最適なセレクトだったと今でも思っています。先入観や固定観念はどれだけ疑えるかにかかると選択肢が増えます。
現在ではLED機材の進化により、1セットの仕込みで幅広い色を操ることが可能になりました。ここでは「フィルターを選ぶ」という作業が「RGB値を調整して欲しい色を作る」という作業に取って代わりました。
私は細かい色味をかなりシビアに追求する方だと思います。仕込みとフォーカスの終わった現場に入ると、まず「カラーパレット作り」から始めます。照明卓に用意された標準的なカラーセットはあっても、実際には機材の種類によって同じRGB値でも見え方が異なります。機材によってはRGB以外にもWやAm、ライムDBダークレッドなどが搭載されている場合があるので、可能な限り多くの光源を出力しながら機材間の見た目の色を揃えるという「カラーパレットづくり」に時間をかけます。
定番で作る色は「L200 L283 L201 L202 L203 OW Tungsten W L206 L205 L204 アンバー, L154, ラベンダー, シルバーグリーン, L174」あたりです。ここに、装置や衣装によってアンバーが増えたりブルーが増えたりピンクのバリエーションが増えたり、といった感じです。
こうしたカラーパレット作りを通じて気づいたのですが、他のデザイナーがLEDの色とどのように向き合っているのかをほとんど知りません。ヨーロッパに移った時期が、LED機材が主流となるセットアップへの移行期と重なったため、私が他のデザイナーがLEDに向かい合う様子に同席するのはチーフオペレーターとしての立場でしたが、皆さん私の用意したカラーパレットに満足してそのまま使い、色についての具体的な指示を出すことは稀でした。
「白人は目の色素が薄いから明るさの見え方が違う」「特定の色帯が黄色人種とは違って見える」という話をよく耳にします。しかし白人が9割を占めるクリエーションチームや技術チームの中で唯一の黄色人種として働いてきた経験から、人種の差よりも個人の眼球の性能差の方が大きいと実感しています。「私の見ている赤はあなたの見ている赤なのか」という哲学的な議論にも発展しがちですが、特定の微妙な色味のニュアンスに対して皆が同様に「美しい」と反応する場面を数多く目にしてきました。そのため皆が同じ色を見ていると仮定して自分の感覚を信じて色と明るさを調整しています。
どこかで「優れたダンス作品は照明に依存しない」とも考えています。しかし同時に後世に残る作品には必ず、照明を含めた「あるべき見え方」が存在します。照明がしているのは作品に付加的な価値を追加する作業ではなく、作品に最後に蓋をするような、ベストな見え方を固定する作業です。色の選択も明るさの選択も、色の変化も明るさの変化も、全ては作品自体が本来持っている性質なり力です。それを見逃さず拾い上げて具現化することが照明デザイナーの仕事なのかなーと思いながら、年明けからもまたうっすい色を作り続けます。