照明デザインを掘り下げる、とは?
照明は作業灯の延長?
劇場は真っ暗な空間なので、舞台上の出来事を見るためには何はなくとも明かりが必要で(光あれ)作業灯、ボーダーライト、地明かり、前明かり…何かを点灯させればとりあえず、舞台が見える訳です。作業灯だと文字や袖幕まで丸見えなので少し体裁を整えて地明かり?地明かりだけだと顔が暗くなるので前明かりも点ける?
ダンスの(私の専門はコンテンポラリーダンスなのでその想定で)明かりは果たして、地明かりや前明かりの延長上なのでしょうか。いやいや、そういうものじゃないよ。ダンスの照明ってのは、色温度や色が変化して、光の方向性が差別化されていて、曲や動きに合わせて変化していく演出効果の一部だから、作業灯やその延長とは別次元の話だよ…本当にそうかな。2024年9月現在の私の結論は「ダンス作品の照明デザインは、要素を整えた整えた整えた作業灯の延長」だと思っています。
見えなきゃ話にならない
まずは見えることなんです。袖幕も端っこの人も表情も、全部見える必要はない。でも「今このシーンを届けるための要素」が抜けなく見えること。
メインのムーブメントが意図通りのエネルギーで見えるか(身体のシルエットをどう処理する?バック?SS?ナナメ?)
表情に着目させたいのか、個を煙にまいて普遍性を高めたいのか(前明かりとバックのバランス)
暖かさ、冷たさ、気だるさ、シャープさ、違和感の有無(色温度や色)
視線を誘導したいのか散文させたいのか(明るさのバランス)
例えば「全くヒントを出さずに観客が好きな要素を選んで楽しむ」ということが場面の意図なら、コントラストの弱いフラットな明かりを中庸な色温度で照らす(=体裁を整えた作業灯)なんて場合もありえます。
踊りの文脈
そんなことを言いながらも実際に私の明かりは、抽象的な明かりもあれば、
カラフルな明かりも
要素のない空間にも明るさのある明かりもあります。
要素を排除していったはずの結果なぜそういう要素モリモリの明かりに行きつくのか…矛盾していそうで何が整合性をもたらすかというと「踊りの文脈」という観点がそこにあるからです。昨今新しく創作されるコンテンポラリーダンスのほとんどは「素敵なムーブメントを見せる」以外の観点が盛り込まれていて、情景描写、心理描写、ダンスの歴史に対するアンチテーゼ、表現の可能性の追求、アイデンティティの象徴、など振付家や作品によって違ったスタートラインがあります。「いっちょカッコいいダンス作品を作ってやろうぜ」みたいな作品は逆にほとんどないかもしれません。
稽古が始まる半年前くらいの段階から「今回はどんなこと考えて取り掛かろうとしているの?」みたいなことを話し込んだりします。壮大な青写真がある場合もあれば『やってみなきゃちょっとわからんね』みたいな場合もあって、意外とそのどちらもが既にヒントになったりします。もっと複雑な場合には、振付家本人は気にもとめず当然だと思っているような表現がその人の背骨であることもあるので、振付家の言葉だけをヒアリングしていても永遠に辿り着けないこともあったり。
スタジオリハーサルが始まって初期の段階は同じ部分を繰り返したり色々と試してみたりと完成形からはほど遠いのに、それでも稽古場に様子を見に行くのも同じ理由からです。何を追求して、何につまづいて、どんな会話や試行錯誤があった後に最終的な形に落ちつこうとしているかを知っているかどうかで、その場面に相応しい見え方の理解がぜーんぜん違ってくるからです。
理解→明かりというアウトプットへ
不思議なことに、そうやって場面への理解が深まっていくと、稽古を見ているうちにその光景に重なって必要な明かりが見えてきます。光の方向や色味や明るさ暗さ。そうなればしめたもので、急いでメモをとります。写真を撮ってそこに光を書き込んだり、スケッチを描いたり、時間のない場合は照明機材や色番号に翻訳して文章で書き留めたり。
ただこの作業で気をつけたいのが、音楽がある場合。曲の雰囲気でインスピレーションが降ってきて明かりが見えた気になることがあるけれど、それが曲の影響なのか踊りの影響なのかを踏みとどまって判断しないと「雰囲気明かり」になっちゃって「文脈重視」の逆をいきがち。(作品やジャンルによっては雰囲気明かり多いに結構、な場合もあるけどね)
そしてこの辺りの段階で、いちど振付家と膝を突き合わせて話し込むことが多いです。ここの場面はこう解釈しているけど合ってる?大事なのはここの見え方だよね?ここからは新たな文脈でオーケー?もちろん既に話し込んでいる場合がほとんどなので理解が大きくズレていることはあまりないけれど…勘違いがあればこの段階で修正しておきたいので模試みたいな気分です。(作品のコンセプトよりもムーブメント重視の振付家の場合はこの行程を抜かすことも)
そして明かりの方向性が決まったら、しどろもどろで口頭で説明したり(ほぼ伝わらない)最近はビジュアライザーでサンプルを作って見せたりしてコンセンサスを取ってから、劇場入り、明かりづくり、リハーサル、本番と進みます。
意外かもしれないけれど、劇場稽古の時間がふんだんと言われているヨーロッパでも劇場に入る前の下準備が照明デザインの作業の大半になってくることか多い。実際は見事に何も用意してこずに、劇場に入って明かりをイチから作っては『えっ違う?嫌い?困ったナー。じゃあパーライト40台追加で〜』なんて大先生もいるんだけれどね。私はできるだけ準備しておいて、劇場での時間は明かりの変化(照明デザインのもうイチ要素)の調整にまわしたい。
私のような作り方をしているデザイナーは多分マイナーで(だって効率悪い…)こういうやり方だと月に2作品くらいが限度なのが目下のテーマ。また答えが見つかったら何か書きます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?