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人と人をつなぐ

昔の私がよくやっていたこと

気の合いそうな人たちを誘ってお食事会をちょくちょく開いていました。

共通の話題がありそうだったり、興味のあることが似ている人たちを集めて

新しい人と出会うことで、新しい発見があったり、気付きがあったり、違う世界が広がったりいろいろな経験ができる機会を提供したくて

それがいつからか、イベントの参加者さんたちや生徒さんたちを集めてのパーティーとかを開くようになってからはプライベートでの集まりというものをしなくなっていた。

企画はするけど、自分自身が参加するという立場ではなくなっていたんですね。

もちろん肉体的には参加しているけど、一歩引いたところにいたので

先日最近知り合った人たちと急に距離が縮まり食事に行くという機会ができました。

それも、みんな最近引っ越ししてきた人たちで近くに知り合いや友だちがいないというおもしろいつながり

その話が決まって、あっあの人誘おう!と思った人がいました。

もしかしたらこの人たちどこかでつながっているかも?あったことあるのかも?を感じたので

同じ海外、同じ都市に滞在していたことがあるというキーワードだけの感覚

そして、当日二人が初めましてと会った瞬間

あれ?ん?知ってる???

みたいな反応を二人がしてたのです。

それからいろいろ話をしていくうちにやはり会ったことがあるということがわかりました。

といっても話をしたことがあるわけではなく、お互いに存在を知っていたという

おもしろいなぁ~

こういうのが楽しい!

人と人をつなげること

やっぱり私はこういうことするのが好きだし楽しい

何年間こういうことを止めてたんだろう?

いつからか、私は知り合いが増えることを恐れるようになっていた。

もともとすごい知り合いが多く、どこでも共通の知り合いがいるから

今の私を知られたくないという気持ちがあったのだろう。

この今の私というのは少し前までの私

今このことに気付けているのだからそこを抜けたのだ。

スピリチュアルな世界に踏み込みはじめ、そこを開ききるまではやはりどこかに以前から知っている人に知られたくないという気持ちがあった。

新しく出会う人ならばいいんじゃない?と思うけど、知り合いが多いということはどこかでもともとの知り合いに伝わるのではないか?みたいに思っていた。

どこかで特別なことと思っていたんだろう。

今だからわかる。

スピリチュアルなことって特別なことでもなんでもなく、もっとみんながあたり前に取り入れていいものなんだよね。

とりいれないのはもったえない

取り入れて損することなどないし、怖いものでもない

でもやはり知らない世界のこととなると恐れを感じるのは当然の反応

今はもうスピリチュアル的なことを会話の中で自然に口に出来るようになったけど、以前はスピリチュアルな話をする人としない人とわけていたから、不自然だったよなぁ~と思う。

本当に感じることを抑えて、表面的なことを言ってごまかしていた。

それをするのが苦しくなってからは会うことも避けるようになっていた。

ムリに話を合わせて感じていることを言わずにいるのは、意味がない。

ならば自分のために時間を使いたいと思っていた。

9月からの二極化に向けて、交友関係も調整されてるんだなぁ~と感じた。

自分の求める人間関係

仕事もそう、本当に自分のやりたいことを選択する。

お金の為だとか、自分がいないとその仕事がまわらないだとかではなく、自分がどうしたいのか?どんn仕事がしたいのか?どんな人たちと働きたいのか?どんなスタイルで仕事したいのか?

自分自身がどんな生き方をしたいのか?どこで?どんなスタイルで???

今はこれらの向い先を決めることが大切!

決める、意図することでそこに向かうことができるようになるので



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