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脱マキシマリストしたはなし

とりあえず病気について自己紹介も兼ねて3つほど記事をUPしてきたのですが、今回は別の面からの自己紹介的なはなしを。


整理収納が大好きなマキシマリストでした

唐突にはじまりますが、わたしはこどもの頃ものを整理することとか綺麗に収納することが大好きでした。

同時にインテリアっぽいことも大好きで、実家の自部屋は季節の小物を飾ったり、その時々のブームに合わせてカーテンやクッションなどを縫って替えたりも。

バッグなどの袋物も大好きで、そういうアレコレのために持っているものはかなり多めだったと思います。

ここで活かされたのが整理収納好きの側面で、おかげでものは多くても部屋は綺麗、という状態はずっと保つことができていました。
何なら収納の中も、たくさん入ってるけど綺麗。

結婚してからも、ハンドメイドが趣味兼仕事だったし、洋服や小物は毎日違うものを使いたいというタイプだったから(死蔵品はないものの)数は多め。
食器も好きで、来客用と普段用と、これはラーメン用の丼、これはうどん用、というように二人暮らしにしてはかなり多めの量持っていたと思います。

が、ここでも発揮される整理収納好き。
机や床に出しっぱなしのものはないし、ものは多いけれど恐らく来客にはそう感じられることもなかったんじゃないかな。

ある時転機がやってきた

当時ハンドメイドの資材がどんどん増えていく状態だったので、それならそれ以外のものを減らすしかないかなーと思うようになったのがきっかけで少しずつ食器などを手放したりしていた中で、ある日突然、これなら食器棚(よくあるオーブンレンジとかも置けるやつです)小さくしたいなと思い立ちました。

それがちょっと不思議なことに、まだ本人も気づいていなかった妊娠初期だったので、もしかしたら本能的な巣作り的な感覚だったのかもしれません。

赤ちゃんのものを揃えていく中でそれ以外で減らせるものをと減らしたり、妊娠出産を機にハンドメイドのお教室を一旦閉めると決めたので少しずつ資材を処分したりしていきました。

なかなか処分できなかった資材

そうはいっても、またお教室やるかも、お教室はやらなくてもオーダーとか受けてもいいし…となかなかガッツリと資材を処分することはできませんでした。

いろいろと表向きの理由をつけてはいましたが、本音はやっぱり、ここまで時間とお金をかけて集めてきたのにもったいないという執着心だったのだと思います。

今ものを減らしたいと思っている方にも、そういう捨てられないものがある人も多いんじゃないかな。

わたしは、そういうものは無理にその場で向き合って処分しなくても別にいいと思っています。

本当に必要なかったら

もしも本当に必要ないものだったら、いつかポロッと執着心が取れる時がくると思うから。
それがどういうタイミングや行動に誘発されるかはその人次第だと思うんですよね。

わたしの場合は、とりあえずそれは置いといて…どんどん増えていくこども関連のものと反比例させるためにほかのものをどんどん処分していこうと奮闘しているうちにある日突然、もうこれ処分していいか、と思えました。

また必要になるときはあるかもしれないけれど、その時の自分が好みのものは今と同じとは限らないしな、その時が来たらまたその時揃えよう、とストンと納得できたんです。

ありがたいことに、資材類には捨てるようなものはなくてどれもお譲りする形で我が家から出ていくことになりました。それも心を軽くした一因かも。

気づいたらミニマルが趣味に

だんだんものが減っていって、気づけばミニマルにすることが趣味みたいな感じになっていきました。

いかにものを減らすか。
来客用普段用ってわけないで普段からお気に入りのブランドの食器を使おうとか、同じ用途のものは1つでいいとか。

ミニマルになってくると、まず掃除がめちゃくちゃ楽になりました。

そして家族もものを探しやすくなったし、パズルのようにきっちりしまってあるよりもゆとりのある収納のほうがこどもにも夫にも優しいことがよく分かりました。

ものを減らすと時間ができるというのは真理だということも身を持って感じたし、ものを買う時は使う時のことをきちんと思い浮かべて吟味するようになりました。

ただ、ミニマリストになったら物欲がなくなったという話を見聞きすることがありますが、わたしの場合は物欲がなくなることはありませんでしたね笑

そうそう、ミニマル化は病気の面にもいいことがありました。
ものがたくさんある中から探すのが大変なのは普通の人でもそうですが、特に見えにくいわたしたちは探し物が不得意でものが少なければさっと目的のものを見つけることができます。

視野が狭いとぶつかったり躓いたりすることも多いけれど、床にものがなければ、家具が少なければ、より安全に生活できるしね。

減らしまくって見えたもの

そうやっていっときガンガンにミニマル方向に突き進んだわけですが、これがわたしの理想か、といわれるとどうも違うような気がしてきたのも事実。

収納の側面でいうと収納大好きマキシマリストの頃は100均でシンデレラフィットを探したりするのが大好きでした。
からのミニマル方面に向いてからは全部無印良品!みたいなのが美しい気がして100均だったものを無印に収納グッズも減らしながら替えていく、という感じ。

しかし、もう特別に処分するものはなくて基本形はできたかなという状態になった頃、なんだか部屋の印象がつまらないような気がしてきたんです。

置いてある収納グッズは手触りも全部一緒、見た目も全部同じ。
これは数がたくさんある時はスッキリさせるためにとっても有効なんですけどね。

日本のものづくり

わたしは割と母国が好きな日本人で、自分自身ものづくりも好きなためもともと日本のものづくりっていいなぁという気持ちは持っていましたが、例えば収納グッズを10個同じもので揃えたい、というときどうしても価格の面で全部日本製って難しかったりします。
が、同じ予算で10個ではなくて1つだけでいい、という場合はどうでしょう。
10個分の金額のちょっといいものを1つ手に入れることができちゃいます。

マキシマリストからミニマリスト気味になったことで、収納グッズ1つにしても同じ予算で少ない数のものを手に入れればよくなったことに気づいたんですよね。

じゃあ…ということでそれ以来、少しずつですが日本の職人さんが作ったかごを取り入れるようになりました。

自然素材のかごは扱い方を失敗するとカビてしまうこともあるし、そういう意味ではやはりプラスチック素材の方がお手軽ですが、そもそもの数が多くなければお手入れにかかる時間もそんなに多くはないものです。

それから、一つ一つ違う形や手触り、匂いで目で見なくても触れたらどのかごで何が入っているか分かるというのもロービジョンの人間には優しいような気がしています。

収納グッズだけではなくて

収納かごから始まって、キッチン用品や掃除用具、傘やバッグなどの服飾小物なども、使い捨てのような安価なものではなく日本製(だけとは限りませんが)のちょっといいもの、を使いたいと感じるようになりました。

高いものを買いたい、というわけではありませんが、ちょっと良さげなきちんとしたものを選んだ結果価格があがってしまうこと、をむしろ喜んで受け入れられるようになったのは、マキシマリストを脱した成果の一つなんじゃないかと思っています。

マキシマリストが悪いわけじゃない

とっておきたいと思えるものがたくさんあるというのは、見ようによっては素敵なこと。
だから、お片付けのお手伝いを頼まれるとき、わたしはとにかく捨てな、これもあれもいらないでしょ、使ってないものは全捨て!というのはしてはいけないと思って臨んでいます。

ただし、空間には限界があって、人間の記憶にも限界があります。

だから、見るまであったことも忘れていたようなもので埋めてしまうのはもったいないなとも思うんですよね。

ものは使ってこそ、その存在を覚えられていてこそ輝く、といったらいいですかね。

この記事は、脱マキシマリストを掲げて書いたのではなく、わたしは趣向が変化したら暮らしが変わったよってことを伝えたくて書いたつもりです。

でも、なーんかモヤモヤするんだよねーってとき、少しものを処分するのは確かにオススメな方法の一つなので、もし背中を押せていたらそれはそれで嬉しいなーなんて思っています。

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おわりに

元マキシマリストがゆるミニマリストになってわかったこと。
どうやらわたしの理想はお気に入りのものを持ちすぎない程度に持ってわたしらしく暮らすこと、みたいです。

今日も読んでくださってありがとうございました。
また次回の記事でお会いできますように!

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