
私の大学生活【もしコロナがなかったら】
私の大学生活が始まったのは2017年4月1日。入学式の日は、雨で寒くて新しいスーツを着てブルブル震えていた。友達できるかな、悩んだ挙句決めた進学先だけど大丈夫だったかな、サークルどうしようかな。まだスーツが似合わない初々しい大学生でした。
そして2022年3月21日、卒業式!もう5年間も経ったのか、あっという間だなと思いつつ、入学したのはもう5年前なのか。就活を終えて次の進路は自分できっちり決めているので卒業に対して「悲しい」という感情はあまりなくて、1つの区切りという感覚。あとは、成人式で着れなかった振袖(留学のため出席できず)で袴を着て両親に見てもらえて良かったなという気持ちでした。
高校を卒業して進路を決める時、私は2つの選択肢で悩みすぎて気づいたら泣いているくらい悩んでました。きっとどちらを選んでも将来的には良かったって思えるはず、と不安をかき消そうと必死に思っていました。
そんなこんなで5年経ち大学を卒業した今、大学生活を振り返ると色々なことを経験をさせてもらって、充実していて総合的には本当に楽しかった!友達にも環境にも恵まれて、5年前の自分の選択は間違っていなかったと思えます。卒業式前のタイミングでお世話になっていた予備校の先生に会ってその方にも良い選択になったよね、と言ってもらえて胸熱でした。後悔は一切ないです!
前置きが長すぎたのですが、このnoteの目的は、大学を卒業したばかりの今の私の気持ちで大学生活を記録しておくこと。きっとこれから社会に出ると大学生の時の気持ちや思いってだんだん薄れていくと思うので。長くなりそうですが読んでもらえたら喜びます〜〜🌷
※「コロナがある/ない」という言葉が合ってるのか分かりませんが、1つの表現として使ってます!新型コロナウィルスが世の中に蔓延したから/もし発生してなかったら…のような意味です!
0. もしコロナがなかったら
「コロナ」ここ2,3年私たちの生活につきもので、毎日のようにニュースで聞く言葉。自由が制限されてみんな我慢をしてきた。学生にとっては限りある時間を過ごす中で大きな影響がありました。
私もコロナの影響を受けた学生の1人でした。後述するのですが、計画していた留学がコロナの影響で中止になりました。
「もしコロナがなかったら」って誰もが1度は思ったのでないかと思います。(学生であれば特に!)頑張って選考を突破して海外でチャレンジする権利をもらっていた私もあの時は思いました。けれど誰もどうしようもできないものが相手でなす術はない。
でも冒頭で言ったように、私はコロナと一緒に過ごした大学生活でも後悔はない!そう思いたいから思っているだけって言われたらそれまでかもしれないけど。できないことが多い中でもできることを探して、得たものがありました。
コロナと出会う前の私の大学生活とコロナと一緒だった私の大学生活。私の大学時代で切っても切り離せない「コロナ」と絡めて大学生活振り返ります。
1. 「コロナがなかったから」大学生活を謳歌できた
「留学に行きたい」という気持ちだけは持って入学したけど、特に何も考えていなかった大学1.2年目。大学の授業は真面目に受けながらいっぱいバイトして、友達や先輩と遊ぶ大学生らしい毎日。授業が面白いというよりも、友達みんなで過ごす大学生活が楽しいから学校行くみたいな感じ!この頃は何も考えてなかったので書くことあまりないな。笑
バイトは予備校でしていたのですが、社員の方に厳しくされて本当にきつかった。何度も辞めてやる!!!と思いながら、シフト後に同期とご飯行って愚痴ってストレス発散して何とか続けていました。本当に理不尽なことも多かったんです。あとは生徒が慕ってくれたおかげだな。引き止められて2年目も結局継続しました!ここでバイトしてて良かったな〜と今は思います。
サークルは同期があまり仲良くなく、辞めちゃう子も多かったので私も辞めようかな、残ろうかな、どうしようかな、という状態だった1年目。辞める直前まで行ったけど、何故か途中で辞めちゃいけないと思い立ち結局残った。積極的にイベントに関わってみたらみんなと仲良くなれて、2年生の学祭辺りからめっちゃ楽しかった!今思うと本当に辞めなくて良かった。笑
1年生の終わり頃に大学生活で最初で最後の彼氏ができて、2年生になってからも充実していた!その人は私より一足先に留学に行っちゃったんだけど、その前までは、お陰で「大学生らしい」生活送れた?ので感謝。笑(思い出として書きました😂)
交換留学することを決め、応募したのは1年生の終わり頃だったっけ?うろ覚え。1年生の春休みにIELTSを受けたな。留学行けることが決まって、お金貯めるためにバイトを更に頑張って掛け持ちしたり。そして大学2年生の冬、2019年1月にアメリカに飛び立ちました!✈️(成人式出れなかった)
今思うとあの頃は当たり前の日常だったことも、「コロナがなかったから」当たり前だっただけ。毎日対面で授業を受けて、毎日友達と学校で会って、サークル活動(あんまり参加してなかったけど笑)が毎週あって、何の制限もなく遊びに出かられた。

一生懸命バイトしていたので、もう1回大学生活をするなら1年生の頃から海外旅行にもっとたくさん行きたい!!(大学生活に後悔はないのですが、もう1回できるならこうしたい!ということは結構ある)
2. 「コロナがなかったから」実現した交換留学
まさに「わくわくドキドキ」が相応しい、そんな気持ちで日本から飛び立った2019年1月。アメリカはアリゾナ州・Northern Arizona University に留学!あの時は就活に被せたくないという気持ちでこの時期に留学開始、半年間の留学でした。(思っているようにはならないのが人生。結局休学するんだもん)
このアメリカの生活が言葉には表せないほど充実していた!!もちろん到着初日にハプニングがあったり最初は英語が思うように話せなかったり、帰りたい😭😭と思っていた時期もありましたが、帰国前には一生この生活できる。帰りたくないと本気で思っていました。笑
アメリカでの授業。静かに聞いていれば授業の時間が終わるようなことはなく、ディスカッションベースで授業が進められるのが当たり前。宿題に大量のリーディングが出され、事前課題の提出・授業の前にクイズを解かなきゃいけない、みたいな感じで日本人の私にとってはとてもとてもハードでした。夜中に終わらない〜〜ってよく泣きそうになったり、勉強したくて留学したのに嫌になることも多々。全体的に留学は超楽しかったけど、勉強面はめちゃしんどかった。
授業がきつい中でも留学を楽しめたのは、たくさんできたインターナショナルの友達のお陰!!特にルームメイトだった韓国人の女の子とは一緒に旅行したりお出かけしたりドライブ行ったり、一緒にご飯作って食べたり、夢を語り合ったりと本当に良い関係性を築けました。今すぐにでも韓国に会いに行きたい。
他にも友達はもちろんたくさんいて、週末は誰かのお家でパーティーしてお酒たくさん飲んで踊ったり、出身国のご飯をご馳走しあったりお出かけしたり旅行したり。留学を楽しめたのは素敵な世界中から集まった友達に恵まれていたからだなと思います。ずっと実家暮らしでこんなにも自由な生活したことなかったので、夜中までダウンタウンのカラオケバーで騒ぐとかめっちゃ楽しかったな🤣

留学生活が本当に楽しくて寮を出る前の夜はパーティーの最中泣いていました。そんな時に一生懸命笑わせてくれていたインド人の彼は元気かな、会いたいな。とかってふと思ったり。素敵な思い出があり過ぎて語り尽くせない留学生活。
この留学も「コロナがなかったから」実現できたこと。大人数で集まってパーティーしたりお出かけしたり。今はもう規制がなくなっているのかもしれないけど、何も気にせずに楽しむことが出来ていたのはありがたいことだったな、と。そしてコロナの影響を受けて留学が中止になってしまった人もいる中で何の問題もなく渡米できたこと、本当に恵まれていたと思います。この留学があったおかげで価値観が豊かになり、世界が広がりました。
3. 「コロナがなかったから」できたこと
留学から帰ってきたら、就活を始めないといけない?インターン応募しなきゃ行けない?そんな現実が待っていて嫌になりました。アメリカで感じたことを何にもいかさず就活する?そもそも就活ってしなきゃいけないんだっけ?留学先でいろんな人の人生の考え方や卒業後の過ごし方とかを聞いていたので、決められたレールに乗らなきゃいけない(そうじゃないのかもだけどそう感じてしまう)日本の「就活」システムが嫌だなと思っていたのと、この時点で人生の中でもすごく大事な決断の1つをすることは無理でした。
そんな時に就活は一旦忘れてえいやー!と申し込んだのがカンボジアでのボランティア🇰🇭 もともと国際協力に興味があって現場を見てみたかったのと、行けるタイミングって今しかないかも!と申し込んだ2週間のプログラム。(これも「コロナがなかったから」できたこと。あの時に行ってよかった)
ということで2019年8月、カンボジアに飛びました。カンボジアの第二の都市・シェムリアップの中心部から車で1時間半くらいの小さな村の小学校で英語を教えました。(大学での所属は英米学科で英語はちゃんと学んでいたつもり&平均よりもできる方かと)ここでの体験が私のその後に大きく影響しました。
電気のない小学校で窓を全開にして日の光を教室に取り込んで授業を受ける子供たち。みんなに将来の夢を聞くと「学校の先生」「お医者さん」と答えるのですが、実情は国全体の15%の子供しか高校まで進学しない国(UNESCO, 2019)。農業国のカンボジアでは子供も貴重な労働力で、子供の協力がないと生活するのに十分なお金を稼げないことも多いのだとか。私がいた村でも、多くの生徒が中学校〜高校の間で進学を諦めて家業の手伝いをしに家に入るとのことでした。こんなに目がキラキラ輝いているのに夢を叶えるチャンスすらこの子たちにはないのか。そんなふうに考えると涙が出ました。

そして感じたのが、活動期間中は一生懸命活動をしても私たちが帰ったらこの学校って元通りになってしまって結局何も変わらないのでは?ということ。私の活動は一時的なものに過ぎず、根本的な問題は何も解決できない。そう気づいた時に何とも言えない気持ちになりました。
そして帰国後、就活をする前に、私には大学生活でまだできること・したいことがある。卒業が遅れても良いや!そう思い再度「留学してチャレンジしよう」と思いました。そこで応募したのが、トビタテ!留学JAPAN。官民連携の留学プログラムで、かなりの奨学金をもらいながら留学ができる。既に1度留学をしてお金がなかった私には頼みの綱…笑。大学内での締め切りギリギリで申し込み、1次の書類無事通過。そして2020年1月、2次の面接&グループディスカッションを受けに東京へ!これも無事通過して晴れてトビタテ生になりました。結果を受けて、正式に休学することを決意!
あと3年生の時にチャレンジしたのが、JICA横浜でのインターンシップ!3年生の春休み(2020年2〜3月にかけて)に3週間横浜に滞在してのインターン。JICA横浜にある「海外移住資料館」の魅力UPや来館者増加のための改善提案をするみたいな活動をしました。職員の皆さんと同じオフィスの一角に机を設置してもらって、インターン生3人であれやこれや考えていた。ゼミも移民関係だったり、JICAに憧れていたので貴重すぎる時間でした。
ボランティアもトビタテへの応募もJICAでのインターンも、振り返るとぜーんぶ「コロナがなかったから」できたこと(正確にはトビタテの2次面接辺りから若干コロナいた笑)。コロナが発生してから、海外に気軽に渡航できなくなった(最近はだいぶ回復してきたけど)し、いわゆる開発途上国は特に心配だったり。トビタテもコロナの影響を受けて選考中止になってしまった代もあった中で、対面で選考会が実施できた。(壮行会はオンラインだった)JICAインターンも、コロナギリギリだったけど、毎日オフィスに行って活動ができた。あとは触れていなかったけど、留学帰ってきてから友達と遊びに行ったり、大学で所属していたゼミの一員として、関西で開催された合ゼミに参加したり、大学生活も楽しんでました。この時期に色々動けてたのは振り返るとナイスだったな〜と思います。
4. コロナの始まりと留学中止
2020年、3月。連日報道されるコロナのニュース。まさか、こんなに大ごとになるとは。トビタテの留学でインターンする場所も目処が立ってビザ申請手続きを始めたころ、渡航予定だったアメリカがビザ発給停止するとの連絡が、、「大丈夫でしょ」「行けるでしょ」とどこかで思っていたけど、突きつけられた現実…私の留学は不可能になりました。
2020年4月(大学4年になるタイミング)から休学予定だったのですが、状況を鑑みて半年間は日本にいるし一旦休学するのをやめて単位を先に取るべく授業を受けました。この頃、授業は全てオンライン。まだ使い方に慣れていなかったzoomを使って家から一歩も出ずに授業を受ける毎日。家から出るのは、実は続けていた予備校でのバイト(生徒が登校禁止でもスタッフは出勤していた)と母との公園でのウォーキングのみ。2020年度に入学した後輩たちは本当に大変だったのだろうな、と想像ができます。
コロナの状況は直に良くなるだろうと正直楽観視していたけど、全然そんなことなかった。半年待てば留学行けるかな、と授業を受けながら待っていたけど全然良くならない。むしろ悪化してたっけ?休学するつもりだったので就活は一切していなかったし、急いで始めて大事な選択を急いでするのも嫌だな。「コロナがなかったら」留学して新しい経験がたくさんできていたはずなのに…。「計画が全て狂った」これが正に私の置かれた状況でした。
5. 「コロナがあったから」休学期間に得たもの
2020年9月の終わり。9月から正式に大学を休学し、東京に引っ越しました。目的は長期のインターンシップとより良い環境で就職活動をするため。いつ海外渡航できるか分からない中、名古屋で何もせず待つのではなく、せっかくなら思いっきり何かしてみよう!と思った。1年以上卒業を遅らせることは考えていなかったので、22卒として就職活動を始めていました。
トビタテの繋がりで東京にあるシェアハウスを知り、引っ越して就活をしながらインターンシップをしました!この辺りの詳細は去年夏に書いたnoteに詰まっています!ぜひ✨笑
この自分の行動のおかげで新たな出会い・経験・人の繋がり等々たくさんの良いことがありました!!インターンをして「ソーシャルビジネス」とはどういうものなのか、一例を見るだけでなく実際に体験できた。シェアハウスの皆さんに就活相談にのってもらって、名古屋で1人で就活していたら応募していなかったであろう企業にチャレンジして内定をもらった。そして就職先に決めた。東京で頑張る色んな社会人をみて社会に出ることに前向きになれた。目標を見つけるために社会人になって頑張りたい!と思えた。これって、予定通り留学していたらなかったかもしれないことなのです。
逆にいうと「コロナがあったから」トビタテハウスに住めて、LITALICOでインターンができて、納得のいく就職活動ができて、東京でたっくさんの素敵な方々に出会えた。これからお世話になる就職先に内定をもらえた。社会人も悪くなさそうじゃん?と思えるようになった。将来に対する考え方は特に、休学中の環境が大きく影響していると就活を終えてだいぶ経った今でも思います。留学に行って、帰国後名古屋にいたままだったら本当に全然違う就職先を選んでいたと思います。応募すらしていなかったかも。笑
こう考えると、コロナでも良かったことってあったんだなと思えます。「もしコロナがなかったら」今の私は、休学中に東京で見て感じて経験した、新しい考え方や価値観、世界を知らなかったかもしれないから。
6. 「コロナがあったから」できたこと
休学終了後の話!2021年8月に名古屋に戻り、9月から復学。残り半年の大学生活を送りました。卒論しか残っていなかったのですが、ここもコロナで良かったポイント笑。めちゃ怖い担当教員と会わずに、ほぼオンラインで論文を仕上げられたのです。お叱りメールとかも受けたけど、直で言われてたら無理だった😂
そして、復学のタイミングで新しいインターンシップを始めました!東京にある会社ですが、名古屋からフルリモート。このインターンも、「コロナがあったから」できたことかもな。東京に出ていなかったらこの会社を知ることはなかったかもしれません。LITALICOとはまた違ったカルチャーを持った素敵な会社で、働く場所や時間を決められていないというフリーさ。フルリモートOKなのも、コロナだからではなく、コロナ前からの文化!学生の間に結構違いのある働き方を2社知れたのは良かったです。お世話になっている上司と1度も会ったことないのは我ながらすごいし、面白い。管理本部でありながら新規事業を始めるという、スタートアップスタジオらしいプロジェクトで業務を色々任せてもらっています。詳しく書くと長くなるので、興味ある人にはお話しさせてください!!
2022年1月、トビタテ!留学JAPANを辞退しました。「もしコロナがなかったら」行っていたはずの留学。受け入れ先の目処がもう立たない・就職先に納得していて、大学卒業を迎える という理由から辞退を決めました。。この結果は完全に「コロナがあったから」。頑張って選考を突破して得たチャンス、留学ができなかったことは悔しいけど、納得できてるしまだこれから海外でチャレンジする機会はきっとある!そう思えています。すっごく残念だけど、後悔の気持ちはない!トビタテ生になれて壮行会でワクワクしていた気持ちは覚えているし、素敵なトビタテ生に出会えたことは財産です。
「コロナがなかったら」できたはずだったこと、卒業旅行。ヨーロッパの国周ったり、ボランティアでいったカンボジアを訪れつつ東南アジア旅とかしたかった🥺トビタテも辞退したし、このまま海外に行けず大学生活終えるは悔しいな。と思っていました。(復学後、卒業前に海外行きたいと思っていてお金貯めていたのですが、オミクロン株の出現により難しいかも?となっていた。)
ということで、2022年2月メキシコに飛びました。卒業前に海外に行きたかったのと、スペイン語を勉強してみるため。オミクロンが流行し始めて再び国境を閉じる国も多い中、メキシコはずっとオープン!コロナが心配ではありましたが、これ、本当に行って良かった。2年半?くらいずーっと日本にいたので忘れていた何かを思い出した!笑 やっぱり海外楽しいな〜いつか海外で働きたいな〜とか、もっと自分の好きなことをして生きていいんだ!とか。帰ってきてから、やっぱり海外でやってみたいことあるからまずは仕事頑張って、その後チャレンジする未来もありだなとか考えてました!色々考えるきっかけになったので行って良かった🇲🇽 スペイン語の勉強頑張ります。きっと渡航先をメキシコにしたのは「コロナだったから。」入国が楽だからという点はどうしても否めない。この理由を友達に話したら悲しがられましたが🤣

ガイアックスでのインターンも、メキシコに渡航したのも、もしかしたら「コロナだったから」できたことかもしれないです。制約がある中でも、どうしたら自分にプラスになることができるだろう?できることはやってみる!そう思っていたから実現したことなのかも。
7. もしコロナがなかったら
「もしコロナがなかったら」今頃私はどうなっていただろう?書きながら考えていますが、分かりません!きっと留学に行けて、きっとちょっと違う価値観を持って就活していたかもしれないし、留学を通して院で勉強したいとなっていたかも(可能性は低いけど笑)しれないし、全然違う会社に出会ってそこで頑張りたい!と思っていたかもしれない。でもそんなの知る由もない〜〜
私は自分が過ごしてきたコロナと一緒だった約2年間の大学生活に悔いはないし、置かれた環境の中で最大限楽しんだ自信があります!自分で決めた進路も今持っている将来への期待も全部過ごしてきた大学生活から得たもので、良い選択をしてきたと思えます!環境のせいにして何もせずに時間を過ごすことはできるけど、できることを探してやってみた方が良い。やらないよりやって後悔!私の大学生活、やってみよう!ってことをやってみて後悔した試しは1度もない。そうやって行動できたから「もしコロナがなかったら」と思うことは実際あまりなかったです。留学行けなくなった時は流石に思っていましたが。笑
「コロナがあったから」気付けたこともたくさんあります。そんな大層なことじゃなくてみんなが思ったであろうこと。このnoteで書いたように、私にとって当たり前だった大学1.2年生の頃の生活って今思うと当たり前じゃない。毎日学校で授業を受けられて友達に会えることって当たり前じゃなかった。コロナの自粛期間中に外出ができず、久しぶりに友達と会った時、どんな気持ちになったか!そう思うと、大学生活前半は何の制限もなく学生生活を謳歌できたことはありがたいことだったなと思います。留学行けなくなったと言っていますが、1度交換留学させてもらっているし!
「もしコロナがなかったら」今の私は今の私じゃないかもしれない。そう卒業式前後で思っていたのでこのnoteで大学生活を振り返りました!
コロナと一緒だった約2年間の大学生活に悔いはないし、置かれた環境の中で最大限楽しんだ自信があります!!
「もしコロナがなかったら」と思うことは実際あまりなかったです。
そう思いたいから言っているだけなのでは?と思う方もいるかもしれません。確かに、そうかもしれないです!でも大学生活を終えた今、そう自分で思えているのなら良いでしょ?と思ってます。これは、コロナと向き合わなければならなかった大学生活を、今の私がどう捉えていたかを記録したのみです。もっと大人になってあの時強がっていただけだったなと思う日がもしかしたら来るかもしれません!笑
最後まで読んでくれた方、とてもとても長い文章を読んでくれてありがとうございます!これから社会人になる私にパワーを送ってください🕊

大学生活、楽しかった🥳