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6、地元「高円寺」をこよなく愛する人

本章では、なぜ地元の東京・高円寺をこよなく愛していた私が北欧デンマークにたどり着いたのか、という話をしたいと思います。

皆さんはデンマークという国を聞いたことがあるかもしれませんが、あまり馴染みがないのではないかと思います。そもそも、大半の人がどこにあるかもわからないのではないでしょうか? 私もそんな感じでした。

しかも、私は生まれ育った東京の高円寺が大好きで、自分は一生高円寺で暮らすのだろうとぼんやり思っていました。オシャレでゆるい空気が流れる高円寺の街には、自由な雰囲気がありました。私が小さかった頃には、街にはライブハウスに通うモヒカンのパンク系の人たちが集っていました。

もともと古本屋や古着屋が多かった街ですが、高校生になった頃には、さらにオシャレな古着屋が増え、こだわりのあるカフェ・レストラン・エスニック系の雑貨屋などが続々と登場し、ポップ系なのかパンク系なのかマニア系なのかエスニック系なのかよくわからない街をただただ歩いているだけで幸せな気分になりました。今でも、こうして書いているだけで高円寺の街の情景が浮かび、ゆるっとしたあの空気感に触れたくなります。夏には阿波踊りが開催され、「ヤットサー、ヤットサー!」というかけ声やお囃子(はやし)の音が鳴り響く、非日常的な「祭り」の威力を体感できます。

自分らしく居られる街

やや趣味が偏ったこだわりのものだけを販売しているショップ、ほっこりとした雰囲気の昔ながらの喫茶店、夜の路上ライブ、P箱テーブル(プラスチックのビールケース)の路上席が賑わう焼き鳥屋などを眺めながら散歩していると、心地よい安堵感に包まれます。

思えば、ぶらっと散歩しながら「人生何でもありだよ。どんなふうに生きてもいいんだよ。自分らしく好きなことをすればいいんだよ」というメッセージを高円寺の街から無意識に受けとり続けていたような気がします。

そんな高円寺を愛する私は、昼夜関係なく街を歩きまわり、ゆるっとした空気を感じ、次々に小さな面白いものが現れる街の変化を眺めながら、27歳まで高円寺で暮らしていました。今でも高円寺を歩くとホッとします。

読者の皆さんのなかで、もし高円寺に行ったことがない方がいたら、ぜひ足を運んでみてください。初心者にはまず3本ある商店街と、商店街から伸びる小道がオススメです。ちなみに、高円寺の両隣にある中野と阿佐ヶ谷の商店街も、またちょっとテイストが違っていいですよ。

こんなに高円寺をこよなく愛し、一生地元で暮らすだろうと思っていた私が、なぜ北欧のデンマークで暮らすようになったのか。

それは、日本社会のなかでは高円寺的な生き方は「特別」であることに気がついてしまったからかもしれません。





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