第百十話:やって来た労働局職員
暴言を吐いてすごい剣幕で出て行った夫。雨のなか暴言を吐かれながら、夫を制止してくれたセキュリティーのおじさんはぐったりしていた。私もスタッフのマイケルも疲れ切っていた。これで、オフィスを借りには来なくなるだろうし、顔を合わせて喧嘩をする機会はなくなるなと少しほっとした気持ちがあったのも事実ではあった。
それから何日か経ち、朝見知らぬ番号から携帯に着信があり、出てみると労働局の職員だと言われ、話をしたいのでオフィスでいつ会えるかと聞かれた。気持ちが動転しながらも、この人は本当に労働局の職員なのかも半信半疑であったため、会社の顧問弁護士から電話をさせますと伝え電話を切った。すぐに弁護士に確認してもらうと、本当に労働局の職員だと言う。どうやら夫が労働局に駆け込んだらしく、詳細を私のほうからも聞きたいということらしかった。
嫌な予感しかしなかったが、逃げていてもしょうがないと思い話し合いに応じることにして、ミーティングの日を決めた。そして当日、総勢6名の労働局職員が押し寄せてきた。明らかにこれはただの話合いのために来ていないなというのは明らかだった。でも、ここで自分が怖気づいたら終わるなと思い、気持ちを奮い立たせた。(以前、強制送還目前までいったことがあるので、政府機関に対してトラウマ意識を持っている)
開口一番、「あなた、スタッフに賃金未払いですよね?」と言われ、白々しく「賃金未払いのスタッフはいないんですが、誰のことですか?」と聞き返した。そこで夫のフルネームを言われ、彼はそもそもスタッフではないし、雇用契約を結んでいないこと、ダイレクターだったがすでに本人の希望があり、すでにダイレクターからも降りていることをなるべく冷静に説明をした。そしてそれを証明する書類などを言われるままに提示した。
それでも私の説明が気にいらなかったのか、もしくは夫から聞いていたことと話が違うことに苛々したのか、「あなたが夫を家から追い出すから、彼は頭に来て労働局まで来たんじゃないですか。夫を大切にしなさい。」となぜか個人的な非難をされることになり、こちらも頭に来て「夫婦関係に口出しするのがあなたの仕事なんですか?管轄じゃないですよね。」とこちらも声を荒げることとなった。
私を非難したその男性職員は、しかめっ面をしながら深呼吸をした後で今までの話がなかったかのようにこう言った。「では、これからインスペクションを始めます。」