思い込みを捨てて
もう遅いのか?って
何故もっと早く
気付かなかったの?って
龍🐉さんと出会って
スピリチュアルを学び出して
学べば学ぶほど
【愛】についてブロックがあった。
愛されて育ってきていない。
親からも愛されなかった私だから。
愛する事は出来ない。
だから愛してくれなくてもいい。
もう傷つきたく無い。
ずーっとそう思って生きてきた。
でもね
あるワークをした時に
親に対しての感謝を思いつくだけ
紙に書いてみたの。
涙が出てくるほどの
そこには【愛】があったの。
不器用な親だったんだと思った。
確かに傷はつけられもしたけど
母親が他界した時に何度も
「ありがとう」の言葉が頭の中で
繰り返された。
それでも、
私は愛されて育ってはいない。
そう自分に言い聞かせていた。
何故だろうって
虐待、波瀾万丈な人生、
そこから這い上がって今がある。
そのストーリーに愛は有っちゃあ
いけないんだと
蓋をしていたんだと思う。
愛され方とかに形はないけれど
確かに愛されていた。
もう側にはいない。
謝ることも、ありがとうも
言えない。
けど「ごめん」「ありがとう」の気持ち
必ず届けるよ。
これをきっかけに
私の人生って
私の負の「思い込み」から
作り上げられていたんだと
学んだ。
キチンとした言語化は
今は少し難しくてできないけど
大事に胸の奥で握りしめていた
「負の思い込み」は
捨てることができる。
捨てて空いたスペースに
愛されていた記憶を
書き換えておこうと思う。
#思考
#思い込みのブロック
#真実
#愛の存在
#亡き
#封印された記憶
#削ぎ落とす