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ワークショップの熟達者が保持するファシリテーションの実践知とは?
喫緊で、ファシリテーションの講座を作る機会があり、もっぱらファシリテーションについて、勉強し直しています。
最近、「ファシリテーションの困難さとは何か?」について安斎さんの論文をまとめたのですが、今回は、弊社の講座にも登壇いただいたご縁のある株式会社ミミグリの東南さんの論文も見つけたので、そちらをまとめていきたいと思います。
以下のまとめた論文と、今回の論文が重なる部分もあるので合わせて読むと面白いと思います!
今回の論文は、ワークショップの熟達者におけるファシリテーションの実践知について取り扱ったものです。
ワークショップの熟達者は、どんな実践知を持っているのでしょうか?
論文名:ワークショップ熟達者におけるファシリテーションの実践知の構造に関する記述研究/安斎勇樹さん/東南裕美さん
目的
本研究は、ワークショップの熟達者が保持するファシリテーションの実践知を構造的に明らかにすることを目指している。
実践知(practical knowledge)とは、熟達者(expert) が持つ実践に関する知性のことである(金井・楠見 Vol. 44,No. 2(2020) 157 2012)。波多野・稲垣(1983)によれば、適応的熟達者が持っている実践知は「手続的知識」「概念的知識」「メタ認知的知識」の3つの知識によって構成される。
2つの視座
第一に、現場のファシリテーションの実践知といっても多様な場面が想定され,知識の範囲は広範にわたると考えられる。
安斎・ 青木(2019)はワークショップのファシリテーターが現場で感じている困難さとして(1)動機付け・場の 空気作り(2)適切な説明・教示(3)コミュニケーションの支援(4)参加者の状態把握(5)不測の事態への対応(6)プログラムの調整の6つのカテゴリがあること指摘している。
そして、これらの6つの困難さについて、初心者や中堅の実践者が困難だと感じている一方で、熟達者はあまり困難だと感じていないことが示されている。これらの6つのカテゴリの困難さを乗り越えるために、熟達者がどのような実践知を保有しているかを明らかにすることは、初心者・中堅のファシリテーターの育成に資すると考えられるため、 本研究はこの6つのカテゴリに該当する実践知に焦点を当てることにする。
第二に、ワークショップの調査対象者として明確に学習を志向した実践者を選定することとする。
調査対象者
本研究では、3名の熟達者を対象に調査を行なった。 熟達者の定義は、安斎・青木(2019)に従って、実践経験が11年目以上であることを基準としながらも、特定の領域においてワークショップの実績が豊富であることが書籍やインターネット上の記録から明らかであり、また公開講座や大学の授業などを通して、ファシリテーションの技術について指導した経験のある熟達者を対象とした。
データ収集
2017年9月〜2018年1月に、前節の熟達者3名に対して、ワークショップ実践前に60分程度の半構造化インタビ ュー、ワークショップ当日の観察調査、ワークショップ実践後に60分から120分程度の半構造化インタビューを通してデータを収集した。 ワークショップ実践前の半構造化インタビューでは、 それぞれの熟達者がどのようなワークショップを実施する予定か、計画しているプログラムの詳細や、学習のねらい、想定しているファシリテーションの立ち振る舞いなどについて、聞き取りを行った。
分析方法
本研究では、前述した実践知の先行研究(e.g. 波多野・稲垣 1983; ANDERSON and LEBIERE 1998)に基づいて、ファシリテーターが実際にワークショップ中に行 なっていた具体的な【行為】と、その際に何を【知覚】 していたかについて、回顧インタビューのデータを対 象としてコーディングを行なった。
分析結果
※熟達者3名の皆さんの実践知一覧はとても面白く興味深いので、ぜひ本論文で詳細をご覧ください!
本研究の目的は、ワークショップの熟達者がファシリテーションを行う場面において、どのような【行為】 と【知覚】がなされその背後にはどのような【手続的知識】【概念的知識】【メタ認知的知識】が結びついているのか、実践知の構造を明らかにすることであった、これらの実践知の構造をまとめたものが図1である。
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ワークショップ実践者の育成に関する示唆
第一に、熟達者には共通した【手続的知識】と【概念的知識】が見られた。
【手続的知識】
参加者を観察して情報を収集するための技術と、得られた情報を手がかりにプログラムやコミュニケーションの取り方に調整をかけるための技術
【概念的知識】
個人の心理や集団の性質や 関係性の状態を把握するための知識
これらを身につけるために、現場の実践的な演習を通して知識を結びつける経験学習の支援や、技術について整理し、教材や研修などを通して教授することが有効だと考えられる。
第二に、熟達者はファシリテーションの【手続的知識】と【概念的知識】を支える【メタ認知的知識】を 中長期的に育んできたことが窺えた。
ファシリテーションの【メタ認知 的知識】の育成支援も同様に、実践者コミュニティにおいて実践者として何を大切にしていきたいか、どのように現場の葛藤に向き合うかを互いに共有し、内省 の機会を提供することが、有効な支援になると考えられる。
まとめ
熟達者の「暗黙知」として語られる部分は、個々の経験に依存するため伝承が難しいとされてきましたが、この研究はその暗黙知を構造化し、他者と共有可能な形にすることに非常に意義のある研究だと感じました。
何より、このnoteではまとめられなかったのですが、熟達者3名の皆さんの実践知一覧はとても面白く学びになることばかりなので、ぜひ本論文で詳細を読んでいただきたいです。例えば、「グループワークの際、時間の教示は「(時間を)お預けします」と伝え「させる」 と表現しない」という「手続的知識」があったのですが、一つの言葉遣いが場に大きく影響するよなあ、と私も気付かされることがたくさんありました。
一方で、熟達者のスキルは個人の経験に依存するため、この研究で導き出された実践知の構造がどの程度一般化可能か、そして、熟達者と初心者の中間層に当たる人たちがどのように成長していくのかについても、気になる部分だと思いました。
今後のファシリテーション教育やリーダーシップ開発の参考になるヒントがたくさんあり、勉強になりました!定期的に読み直したい論文です。