あばうとわたし
小さい頃から、人前に立つ仕事をするのが夢だった。
明確な理由は思い出せないけど、多分、可愛い可愛いって周りに言われて育ってきて、自分のこと可愛いんだと勘違いしてたから。アイドルにでも女優にでもなれる、なるべき存在なんだとか馬鹿なこと思ってたんだと思う。
幼稚園児の頃から、両親に連れて行って貰ったデパートで一人歌って踊っていた。小学生になると、いつになったら芸能界から声かけられるのかなぁって不思議だった。好きな雑誌のモデルオーディションには毎年応募したし、オーディションサイトや雑誌を漁っては履歴書を書いてとっておきの写真を貼り付けて送っていた。梅田みたいな都会に出ると、どこの事務所にスカウトされるかなってワクワクしながら歩いていた。人前に立つことが好きで、ダンスを習ってみたり、発表なんかは積極的に前に出たりした。
両親は、私が世間的にあんまり可愛くない、才能もない、ごく普通の人間なんだってことをずっと教えてくれなかった。
中学生になり、少しは自分の容姿のレベルに対する自覚が出てきた。自分はスタイルも悪いし、たいして可愛くもない。なんなら、"ブス"だってことを知った。出っ歯だし、一重だし、髪は多くてボサボサだし、足も短い。地獄だった。その頃からだろうか、自分に自信がなくなった。みんなから憧れられるような、可愛くて愛嬌があって、キラキラした女の子になりたい、そんな夢だけが残った。
中学生の頃、私は吹奏楽部に所属していた。オーディションで勝ち取ったフルートパート。私は、ステージの前方でキラキラと輝き、高くて繊細だけど強い音を出す、気高いフルートが好きだった。見た目も奏でる音も演奏する自分の姿も、全部全部大好きだった。誇りだった。私にとって、部活動は救いだった。
ある日、コンクールのオーディションが行われた。一人ずつ、先生や先輩に見られながら順番に演奏していく。私の番が来た。今までたくさん練習してきたし、大丈夫。誰より自信があった。あったのに。息を吹きこんだ瞬間、音が震えた。手も足も震えた。聴くに耐えない演奏だった。ガクガク震えながら、なんとか最後まで演奏を終わらせた。自分の想像以上に極度に緊張していたらしい。フルートを膝に置いた瞬間、みんなが笑った。笑われた。先生にも、先輩にも、みんなに笑われた。その笑いは、決して悪意のあるものではなかったと思う。でも、悔しくて悔しくて仕方なかった。私を見て笑うみんなが怖かった。いっそ泣けたらよかった。泣けなかった。あれ、おかしいな〜、なんて言いながらへらへら笑った。
その日を境に私は、人前が怖くなった。
楽器の演奏はもちろん、大好きだった発表も、教科書の音読も、全てが恐怖に変わった。失敗したら笑われる、だから失敗してはいけない。でも、失敗しちゃダメだと思うと余計に緊張する。悪循環だった。国語の授業の前日は、その日授業で扱う文章を隅から隅まで音読した。ゆっくり、正確に読めるように、震えないように。でも、家ではうまくいくのに、いざ授業が始まると冷や汗をかいた。手も足も声も震えた。たった、たった一行読むだけなのに。国語の授業でこれだから、勿論プレゼンなんて地獄だった。プレゼンの日が近づくにつれ、毎日毎日不安が募って、毎日毎日泣いていた。本番は勿論、何を言ってるのか聞き取れないくらいに震えていた。困惑する先生やクラスメイトを見ると余計に辛かった。いっそのこと笑って欲しかった。気を使われるのが苦しくて、部活動では自らいじられキャラを作り上げた。私が緊張して上手く演奏できないと、みんながいじり、笑う。気遣われるよりずっとずっとマシだった。でも、少しずつだけど確実に心が擦り減っていくのがわかった。
自分の容姿への自信をなくして、さらに人前も怖くなってしまった私は、高校生になりどうにか変わろうと努力をした。
お小遣いを貯めてオシャレな美容院にいった。スカートを短くした。アイプチを覚えた。眉毛を整えた。CMで宣伝していた可愛い色つきリップを買った。ダンス部に入り、体を引き締めた。
緊張に関する本を沢山買って、沢山読んだ。あがり症に関する高価なセミナーに通った(今考えると怪しい)。いくらセミナーを受けても自信がつかないので、親に泣きながら頼んで精神科へ通った。薬を貰って、不安な場面で飲むようになった。プレゼンや発表等、人前に立つことからは逃げなかった。少しは可愛くなれたと思ったし、少しずつ自信がついた。と、思えた。
大学生になってからは、沢山アルバイトをしてお金を貯めた。親が許してくれなかった歯列矯正を、自分のお金でローンを組んではじめた。脱毛をしたり、話題の美容院へ通ったり、少し高価な化粧品を買って化粧の練習をしてみたり、可愛くなる為に自分にできる限りのことをした。少しずつだけどみんなから可愛いねって言って貰えるようになって、本当に嬉しかった。
プレゼンや発表が多いと言われているゼミにも入った。こっちは未だに失敗ばかりだけど、褒められることも少しずつ増えた。薬を使うこともかなり減った。
少しずつつく自信と共に、諦めた夢のことを思い出す回数が増えていった。人前に出る仕事がしたい。作品の一部になりたい。誰かにとって、憧れの女の子になりたい。救いになりたい。私は良い意味でも悪い意味でも普通の大学生だけど、だからこそ何か与えられるものがあるんじゃないか。共感できることがあるんじゃないか。私のように自分の容姿で悩んでいる子や、人前が怖くなってしまった子、夢を諦めそうな子。そんな子たちの希望になれたら、どれだけ素敵なんだろう。
そう思って、昔からずっと大好きで憧れていたミスiDに応募した。ミスiDなら、私の中身をみてくれる。ミスiDなら、緊張したって、ネガティブになったって、例えモデルみたいな容姿じゃなくたって、きっと私のことを見てくれる。私のことをすくい上げてくれる。
勿論、そんな甘い世界ではなかった。Twitterに適当な自撮りをあげ、自分の過去をちょっと可哀想な風に語り、薄っぺらい言葉を並べていた私の甘さはきっと全部バレていて、呆気なく書類落ち。日付変わってからお風呂で1人泣いた。
悔しい。
悔しかった。
そこから1年間、苦手だった自撮りをSNSにあげたり、自分のことを話したり、出来うる限りの色々なことをした。私のことを応援してくれる人が少しずつ増えていくのが嬉しかった。全然知らない女の子が、私のことを憧れだって言ってくれたりした。私のことを推しだって言ってくれる人も居た。今年こそ絶対ファイナリストになれるよ!って背中を押してくれる人もいた。ミスiDに挑戦する友達もどんどん増えた。夢を見ているみたいだった。
何をすれば良いのか分からないから、もう全部がむしゃらに頑張って、気付いたら、"ミスiD2020ファイナリスト"になっていた。
私には、綺麗な声も生まれ持つ恵まれた容姿も芸術的な才能もなにもないけど、「なにもない」という武器がある。私は何者にでもなれる。実際、ミスiDのファイナリストになることができたし、大好きなイラストレーターさんの展示に参加させてもらうこともできた。確実に、昔の私とは違う、新しい私に変わろうとしている。もともとなにもないからこそ、誰かの希望になれる。そう思えるようになった。
選考期間はあと少し。
絶対に後悔して終わりたくないし、終わらせるつもりもない。
最後まで私らしく、全力で頑張る。気持ちだけは誰にも負けない。
どうか、私のことを見ててください。
なんてカッコつけてるけど、恋人に振られただけで数ヶ月立ち直れなくてヘナヘナになっちゃうくらい弱い人間で、そんなとこもまた魅力なのかなって思ってます、そんな私も可愛いよね!あとちょっと、いや、選考期間が終わっても頑張るぞ!超長いのに最後まで読んでくれてありがとうございました、大好き!
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