東京2020大会1周年記念イベント Day1
7月23日に東京の国立競技場で東京2020大会1周年記念セレモニーが、28日には立川ステージガーデンで競技体験イベントが行われました。これらのイベントは東京2020大会1周年記念 TOKYO FORWARDとして実施されました。
Day1.国立競技場
まずは7月23日の記念セレモニー。
一年前の東京オリンピック・パラリンピックでは叶わなかった有観客での開催に参加者皆最高に盛り上がったイベントになりました!
私はこのイベントに出演者として参加しました。セレモニー内のパレードに参加したアスリート・競技団体関係者はオリンピック競技・パラリンピック競技合わせて150人強いましたが、それとは別にイベント中のTOKYO FORWARD RELAYに出演するアスリートとして呼んでいただきました。ありがたいことです。
クロストークの時にも話しましたが、国立競技場を訪れたのは一度だけ、開会式の時なのですが、その開会式でテレビカメラに抜かれた時に下を向いてしまっていたのが心残りでした。
これを晴らすべく、今回はしっかり目立ってきました!
ライブ配信のアーカイブ映像が9月末までご覧になれるようなので、ぜひ。
セレモニーが行われた7月23日は実は強化合宿中でした。前日には奈良の天理大学にお邪魔して稽古をしていたのですが、このイベントに向けて22日夜に京都へ移動し、当日朝に国立競技場のある東京まで移動しました。
京都に行ったのもかなり久しぶりで、鉄道での通過や乗り換えを除けば中学の修学旅行以来だったかもしれません。いつも通りのぼっち飯をキメ、京都タワーを眺めながら例の大階段をパシャパシャと写真に収めてきました。
京都には近いうちにゆっくりと観光に行きたいと思っています。
小学生の時に一度、中学の修学旅行で一度の計二度、京都観光をしたことはありますが、子どもの頃と今とではやはり感じるものは違うのではないかと期待しています。
国立競技場への道のりは単純。京都駅でハツ橋と新幹線の切符を購入して東京駅へ。そこからはタクシーを使わせていただきましたが、タクシー乗り場を見つけるのに一苦労。たどり着いたタクシー乗り場は八重洲口だったので、駅の反対側でした。が、構わず(そうとは知らず)乗車。スマートホンの地図と景色を照らし合わせながら東京の街を眺めていました。
普段の東京での移動は鉄道がほとんどなので、座ると正面の窓は遠く、あまりゆっくりと外を眺めることがありません。東京のことは多少知っているくらいにはなったつもりでしたが、改めて景色を見ていて意外に感じたのは予想以上に緑が多いこと。経路が皇居近くだとか赤坂だとか神宮周辺だったこともあると思いますが、それでも、都心にこれだけ緑地があるというのは意外でした。
いよいよ国立競技場。昼間訪れるのは初めてで、外観については写真のままだなというのが最初の印象です。
控室に案内していただき荷物を放ると、すぐに探索へ。打ち合わせまではまだ1時間ほどあります。
まずは通路を出てフィールドをチェック。広いですね。
MCの松岡修造さんと平井理央さんがリハーサル(?)をやっておられました。
次に地下駐車場から外へ出て外周をAゲート・千駄ヶ谷門方面へ。
競技場の外観を眺めながら時計回りに進みます。
Gゲートのあたりで、東京2020大会のメダリストの名前が彫られたプレートがずらりと並ぶ「東京トリビュート トゥ チャンピオンズ」を発見。
自分の名前を探し、写真を撮りました。
探索の目的を果たした私はここでUターン。先ほど出てきた地下駐車場の入口方面へ戻ります。
歩きながら先ほど見たプレートを思い出し、なにげなく悔しさを覚えました。
日本で行われたパラリンピック。そして、その結果としてあの国立競技場に自分の名前が刻まれている。このことは非常に光栄なことです。しかし、一生に一度あるかどうかの自国での開催で、一番上に名前がないというのはやはり悔しい。パリで金を獲るのと東京で金を獲るのとではやはり意味が違います。
とはいえ、もう済んだこと。どうしようもありません。私の頭の中はプレートのことから周りにいる人々のことに移ります。
まだ開場2時間前だというのにかなりの人の数。開演までは4時間もあります。
おそらくはマスコット目当ての人々だろうとは思いますが、暑い中これだけの人がこんなに早い時間からやって来るほど、このイベントを待ち望んでくれているのかと思うと、俄然気合が入ります。
控室に戻っていくらか時間を潰し、リハーサルの時間。
集合の部屋へ向かうと、応援リーダーのタレントさん方、出演予定のアスリートが数人とたくさんのスタッフの方々。
通路を移動してフィールドに出てしばらくすると、出演者が全員出揃いました。
応援リーダーとして、武井壮さん、吉田沙保里さん、丸山桂里奈さん、なかやまきんに君さん。アスリートは、オリンピックが体操の萱さん、レスリングの乙黒さん、クライミングの野口さん、ボクシングの入江さん。パラリンピックからはラグビーの池崎さん、カヌーの瀬立さん、バドミントンの梶原さん、そして私。
この12人を4チームに分けます。
私はパープルチーム、なかやまきんに君さんと、入江さんと一緒です。
互いに軽く挨拶を交わしてリハーサル。
おおよそ流れと立ち位置の確認でした。思った以上に簡単なリハーサルにやや拍子抜け。まぁ、全てを丁寧にリハーサルしていたら時間がいくらあっても足りません。
その後集合した部屋に戻り簡単にブリーフィング。その後は開演まで待機です。
時間の有り余った私は本を読みながらハツ橋を齧っていたのですが、後から聞けばこの間にメイクなどが行われていたそうで。
事前にメイクが必要か聞かれていたので、私は必要ないと答えていました。しかし、私を除く全員(確認したのはパラ選手だけですが)メイクをしていたようです。次の機会には私もメイクしてもらいましょう。…なにか変わるとは思えませんが。
次の時間までかなり時間があったので、八ツ橋をつまみます。美味しい。
それでも時間があったので、もう一度フィールドを覗きに行きます。すると、ミラソメがフィールドを周回していました。カワイイ。
役得ですね。間近で写真に収めることができました。
まもなく開演とのことで、パレードの列へ加わるため競技場内を移動…。
パレードの入場順はオリンピック選手の後、パラリンピック選手の先頭ということだったので、その位置へ。前に瀬立さんと梶原さん、その後ろに池崎さんと私。後ろを振り返るとボッチャチームが並んでいました。私の視力なので怪しいですが、杉村さんと廣瀬さん…だったと思います。
今回のパレードは1年前選手のサポートで参加する予定だった、東北三県と東京都の子どもたちが一緒でした。私の横に着いてくれたのは小学生のバスケ少女。簡単な自己紹介と雑談をしながら、時間を待ちました。
歩く時に観客席に向けて振ってくれ、ということで、1周年記念事業のロゴが入ったフラッグを渡されました。
1年前の開会式でも柄のついた小さな国旗を渡されましたが、今回も同様に車いすの選手にはかなり不評のようで。考えてみれば当たり前ですが、手動の車いすの場合、両手を使って進むのではっきり言って手に何か持つのは邪魔です。かと言って立位の選手だけというのもどうか、ということなのでしょうか。難しいですね。
旗を振ることには特に問題はない私ですが、しかしトラック約1周、かなりゆっくりなペースで歩く間ずっと振ってるのはやはり疲れました。
観客の入った国立競技場、大きな拍手。
1年前とはまた違う景色でしたが、1年前の興奮を想起させるようなパレードでした。
記念撮影を終えると、出演者のアスリートは控室へ。
公式ウェアのオレンジのシャツから1周年記念イベント用のTシャツに着替えます。私はパープルチームだったので、紫というか、藤色のTシャツに着替えました。
会場では数人の挨拶やビデオメッセージが流れていたようですが、控室では雑談タイム。他の競技の選手といくらか話す機会を得ることができました。競技それぞれでトレーニング方法や競技への臨み方が違っているのは当たり前のことですが、それを知る機会というのはなかなかないので、貴重な時間でした。
いよいよ出番。トークやリレーの様子はアーカイブをご覧いただければと思います。
ひとつ触れるとすれば、リレーです。
もちろん、本気で勝ち負けを競うようなものではなかったですし、すごく楽しかったので、大マジメに突っ込むことはないのですが、私としてはどうするのが正解だったのかとやや悩みます。
正直に言えば、あのような感じになることは始めから予想できていたのです。100m走の車いすのクラスの記録は速い選手で15秒くらいと聞いています。しかし、今回は陸上の選手でもなければ、競技用の車いすでもないのでもう少し時間が必要です。
対して私はベストタイムは12.4秒。全力で走れば安定して14秒は切ることができます。
結局ゆっくり目で走りましたし、最終的には梶原さん、池崎さんがかなり追い上げてきていたのですが、明らかに差があったように映ります。
捉え方を変えれば、弱視(全盲にも言えるかもしれませんが、)の人間は走る方向が確かで障害物の不安さえなければ、それなりの速度で走ることができる、ということを周知する機会になったと思えなくはありません。
私自身、ある程度知っている道ならという条件はつきますが、ランニングは1人でも走れますし、明るさの調整さえ効くならば、全速力のダッシュも全く可能です。
私自身は、幼少期から同程度の視力の人に比べてかなり動ける方だと言われていたそうですが、周りを見ても、1人でどこへでも行く全盲の選手や、畳の上とは言え宙を舞っても難なく受け身のとれる選手はたくさん知っています。視覚障害者が走れないという道理はないのです。
こういうことを思えば、運営側としてはこういう結果になっても問題ないと捉えていたと考えるのが妥当です。きっと私の気にしすぎ。いつも通りのオチです。
でも、やっぱり真剣勝負ではないとしても接戦の方が面白いでしょうから、次に同様の機会があれば私も車いすに乗せてもらいましょう。
今回のセレモニーへの参加は私にとってとても良い経験になりました。
また、こうした場に呼んでいただけることに感謝するとともに、この機会をしっかりと活かして、競技のアピールにつなげていかねばならないと感じています。
視覚障害者柔道はまだまだ認知が広がっていません。多くの人が参加し、多くの人が見てくれる競技になるように、今後も積極的にアピールしていきたいと思っています。
長くなってしまったので、Day2は次の記事にまとめます。
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