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龍とともに。

タイトルには”龍”とかあるので、昨今はやっている”龍”の背中に乗るつもりも、龍を呼び寄せる〜感じの記事かと思いきや、そうではありませんので、あしからず・・・。

最近思うことのうちの一つに、
「あ、海外からの龍のみられ方、扱われ方が変わってきたな」
というのがあります。

日本では古来から”龍”は水の神であり、青龍であり(四神の中の)、雨の神様であります。

つまり、崇敬したり、崇める存在であり、高貴な立ち位置の眷属神だったりするわけですね。
(たまに変なのもいますが)

そして西洋諸国では、”龍”とはドラゴンなんて言われ、どちらかというと”敵対する存在”だったと思います。
翼や牙、爪をもち、鉄を切り裂き、炎は全てを焼き尽くす、
いわば、映画、神話、創作物の中の
”ラスボス的”な感じの立ち位置だったわけです。

ドラゴンキラー、ドラゴンバスター、ドラゴン・・・みたいな、”龍を倒す”、”龍と向き合う”系の武器、ゲーム、映画、とかが沢山あるのも、
”龍とは倒すべきもの信仰”から派生したものたちといえるでしょう。

それがですね、
最近の映画・芸術作品とかをみていくと、
龍が味方だったり、龍を味方につけたり、
ということが増えてきたように思うのですが、いかがですか?

話は変わりますが、
龍は日本列島そのものなんて言われたりもします。

日本の形は龍の形をしている、とか、
日本は龍民族だの、と、まぁ色々と言われることがありますが、
その真意は傍に置いておくとして、
龍なる存在が日本だけでなくて(日本では業界のプチブームがありましたが)海外でも”フレンドリー”とか”助けてくれる存在”、”共存できるもの”という風に洋の東西を問わず、龍にまつわる概念、捉え方が
かわってきているのは非常に面白いと思います。

そして、もし上記の方程式というかあり方について、
龍=日本というメタファーが通るとすると、
”龍”は退治される存在から、共存していく存在へと
昇華・転換した!と言えるのではないでしょうか?

これはすなわち、
世界からの日本の見られ方・扱われ方が
変わってきたということもできるのではないでしょうか?


畏怖して奉る /   畏怖して倒す
存在から”ともにある”存在へと。

龍のあり方も競争の時代から競争の時代へと
時代のベースが進化することで
シフトしていっているのかもしれません。



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