あいみょんと僕 第23回月刊中山祐次郎
夏休みを取った。12月だというのに、である。そもそも私の勤務する病院では夏に取ることも可能だったのだが、手術だ学会だとあれこれしているうちに夏が終わり、秋が過ぎてしまった。夏休みではないが、学会で今年は高知、横浜、タイに行った。無論仕事で行くわけで、行ったら発表やらディスカッションやらがあるのだが、病院から離れ遠く離れた土地に行くのはそれだけで気分が変わる。そんな具合に中途半端なリフレッシュをしていたらあっという間に12月になってしまった。
夏休みは丸一週間、秋田の角館という温泉地に逗留した。これが私の考えるもっとも贅沢な休み方だ。移動は大した距離ではない。家から3時間半もすれば、もう人里離れた山奥に辿り着く。
ああ、つんと冷えた空気はいかにも東北の冬らしい。熱い湯につかると、いやでも頭はリセットされる。汚い机の上をすべて片付けて、白い紙が一枚きちんと置かれる。さあ何を書こうかーーそんな気にさせられるのだ。いやいや、書かなくたっていい。紙を見るだけでもいい。そして物思いに耽る。そんなとき、僕は決まって昔のことを思い出す。
愛すべきふるさと、横浜は関内駅前のスタジオにバンドで通ったこと。いつしかなくなってしまった代々木ゼミナール横浜校。臨港パーク。横浜家。全てが僕の中にあった。誰にも言えない秘密のことだってあちこちに落ちている。
考えてみれば自分の人生は自分しか知らないわけで、もちろん日本人の生き方の何パターンかのうちの、どれかとどれかをピックアップして組み合わせたものなのだけれど、計算すればおそらく1兆や2兆ではとうてい足りないパターン数があるのだ。希少性という意味では、誰もが等しく珍しい人生を生きているのだ。
そのこと自体は嬉しいようで、僕は寂しく思う。だからできれば全てを語ってから死にたいと思うのだが、そんなことはもちろん不可能で、そうなると物書きは「なるべく珍しい出来事」を選んで話してしまう。僕もそれでずいぶん色々書いてきた、飛行機のなかの救命だとか、単身乗り込んだ原発近くの病院だとか。そのほかにも、書こうと思っていた、VIPと議員だけが使う羽田空港の建物とか、大金持ちの果てしない孤独とか、物珍しい景色はたくさんある。でも、ここのところそういう書き方には食傷気味なのである。
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