72年前に外務省が作成した「草案」が浮き彫りにする日米地位協定の異常さ
沖縄の地元紙「沖縄タイムス」は本日、1面トップと3面で日米地位協定に関係する記事を掲載した。私も取材に協力し、記事にコメントが掲載されている。以下が記事のリード文である。
現在の日米地位協定は1960年の日米安保条約改定と同時に締結されたものであるが、その大部分は1952年に結ばれた日米行政協定の内容を継承している。その最初の「草案」とみられる文書が、今年4月に公表されたのだ。
同文書のタイトルは「軍隊駐在に関する技術的問題の研究」。1950年12月に作成され、表紙には赤インクで「極秘」と印字されている。本文は101ページある。外務省が2021年9月30日に、過去の外交文書の公開を行っている外交史料館に移管した。
外交史料館に移管されたとはいえ、すぐに閲覧できるわけではない。閲覧するには、外務省に利用請求を行い、審査の上、承認されなければならない。私は移管されたその日に利用請求書を提出した。そして今年4月12日付でようやく閲覧が認められた。実際に東京・麻布台にある外交史料館で文書を閲覧したのは4月18日のことである。
「草案」は驚くほど「まとも」だった
この文書が作成されたのは、日米両政府が講和条約と講和後の米軍駐留の根拠となる安全保障条約の交渉を開始する直前であった。交渉開始を前に、駐留米軍の法的地位などを定める協定について研究したものだとみられる。中身は、条文案と立法趣旨の説明、そして米軍が駐留する他国(イギリス、デンマーク、フィリピンなど)の「条約先例」で構成されている。
文書を一読して、私は、その「まともさ」に驚いた。現在の日米地位協定が、この「草案」のように改定されれば、状況はかなり改善されるだろうと思った。
本稿では、私が特に重要だと思った3つの条文について紹介したい。
提供区域外での訓練・演習は事前協議を義務付ける
一つ目は、上記の沖縄タイムスの記事でも見出しになっている米軍提供区域外での訓練に関する規定である。
米軍が、駐在地(基地)以外の区域で訓練や演習を行う必要がある場合には、使用する区域や期間などについて日本政府と事前に協議しなければならないと定めている。そして、訓練や演習を実施するにあたっては、公共の安全に十分な注意を払い、危険がある場合は防護手段を講じることを義務付けている。
市民が生活する基地外の民間地域で米軍が訓練や演習を行えば、市民の安全に影響を及ぼす可能性がある。だから、これを規制するのは主権国家として当然のことである。
しかし、現在の日米地位協定には、米軍の訓練を規制する条項はない。日本政府は、実弾射撃を伴わないものであれば、米軍が区域外で訓練することは「地位協定上認められている」という立場だ。
実際に沖縄県では、ヘリが兵士や物を吊り下げながら飛行する訓練が基地外の民間地域の上空で行われている。過去には落下事故によって死者も出ていることから沖縄県や地元自治体が中止を強く求めているが、米軍は訓練を続けている。また、米軍航空機による低空飛行訓練は日本全土の上空で行われ、騒音被害や事故などを生み出している。
現実に米軍のこうした活動が公共の安全に影響を及ぼしているにもかかわらず、一切規制しようとしないのは主権国家のとる姿勢ではない。
ドイツの地位協定(NATO地位協定の補足協定)も、米軍に区域外での飛行訓練などを認めているが、ドイツ側の同意を条件にしている。これが「当たり前」なのである。
その意味で、上記の「草案」の条文案を作成した当時の外務官僚は、今の日本政府よりはるかにまっとうな感覚を持っていたと言えるだろう。
国内移動も、あらかじめ合意されたルートに制限
二つ目は、米軍基地への出入りや基地間の移動に関する規定である。現在の日米地位協定は、米軍は基地への出入りや基地間の移動の自由を認め、規制は設けていない。しかし、この「草案」では、日米両政府があらかじめ合意した経路に限って米軍の通過を認めているのである。
たいへん興味深いのは、基地への出入りや基地間移動の経路を限定する理由だ。「草案」は、その理由をこう説明する。
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