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【防衛省概算要求を読む①】日本版「中距離ミサイル」の「量産開始」前倒しへ

当初予算6兆円突破は確実

 防衛省は本日(8月31日)、来年度(令和5年度)当初予算の概算要求を決定し、その概要をウェブサイトで公表しました。

 「これまでの延長線上にあるものとして行う防衛力整備事業」に5兆5947億円を計上する一方、いわゆる「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」(骨太方針2022)予算については金額を決めない「事項要求」として盛り込みました。これを含めれば、史上初めて当初予算が6兆円を突破するのは確実です。

文書名yosan_20220831-4.pdf
防衛省「令和5年概算要求の概要」より

 今日は、概算要求で私が一番気になったことを書くことにします。

トップに「スタンド・オフ防衛能力の強化」

 概算要求は、「防衛力抜本強化」のための事項要求のトップに、「スタンド・オフ防衛能力の強化」を位置付けています。

「スタンド・オフ防衛能力」とは、日本への侵攻をたくらむ敵艦船等を上陸前に撃破するにあたり、敵艦船等の防空火力の射程圏外からミサイル等で攻撃する能力のことを指します。

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防衛省「令和5年概算要求の概要」より

 この能力については、菅政権時代の2020年12月に強化することを閣議決定しています。具体的には、2018年12月に閣議決定した「中期防衛力整備計画」で導入を決めた長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」に加えて、新たに「多様なプラットフォームからの運用を前提とした 12 式地対艦誘導弾能力向上型の開発を行う」ことを決定しました。

 現在、鹿児島県の奄美大島や沖縄県の宮古島などに配備されている陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾の射程は、150~200キロ程度です。この射程を大幅に伸ばした「能力向上型」を開発するというのです。射程はどれくらい伸ばすのか?各種マスコミ報道によると、当面900キロ程度まで伸ばし、将来的には1500キロ程度を目指すといいます。

 射程が500~5500キロのミサイルは、「中距離ミサイル」(準中距離も含む)に分類されます。12式地対艦誘導弾の能力向上型を開発することで、日本も地上発射型中距離ミサイルの保有に踏み出したのです。また、地上発射型だけでなく、艦船や航空機からも発射できるタイプも開発するとしています。

文書名開示実施文書14.pdf
陸上自衛隊作成の文書(情報公開請求により筆者が入手)

 防衛省は当初、地上発射型の12式地対艦誘導弾(能力向上型)の開発を2021年から2025年までの5か年で行い、2026年から量産・配備する計画でした。ところが、本日決定された来年度予算の概算要求では、これを前倒しすることを念頭に、量産開始のための関連経費が盛り込まれています。

文書名yosan0220831.pdf
防衛省「令和5年概算要求の概要」より

 「敵地攻撃能力」導入の中核に

 この12式地対艦誘導弾(能力向上型)は、今のところ、日本に侵攻してくる敵の上陸を阻止したり、敵に占領された離島を奪還したりするための装備として位置付けられています。

 しかし、射程900キロというと、南西諸島から中国の沿岸部に届く距離です。岸田政権は現在、これまで日本政府が平和憲法の理念に合致しないとして保持してこなかった「敵地攻撃能力」の保有を検討しています。年末に改定を予定している国家安全保障戦略や防衛計画の大綱にこれを盛り込むとみられていますが、そうなれば、射程900キロの12式地対艦誘導弾(能力向上型)は「敵地攻撃能力」としても運用されることになるでしょう。

 8月21日付の読売新聞は1面トップで、日本政府が「スタンド・オフミサイル」を1000発以上保有することを検討していると報じました。記事によると、その「中核」と位置付けられているのが12式地対艦誘導弾(能力向上型)で、これを「早期に1000発以上保有するには、ミサイル開発に携わる企業の生産ラインを増やす必要がある。防衛省は関係企業の設備投資を支援する制度を創設する方針で、23年度予算の概算要求に関連経費を盛り込む方向」だといいます。これが概算要求にある、早期の量産開始のための関連経費とみられます。

8月21日の読売新聞1面トップの記事
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2022年度防衛白書より

アメリカも来年度から新型中距離ミサイルの配備を開始

 日本政府が長射程のミサイルの配備を急ぐのは、中国のミサイル戦力に対抗するためです。中国は既に、射程500キロを超える地上発射型中距離ミサイルを2000発以上保有・配備していると推定されています。

 これに対抗するため、アメリカも現在の技術では迎撃が困難な極超音速滑空ミサイル(LRHW)を始め、数種類の中距離ミサイルを開発中です。いずれも来年度から配備を開始する計画で、配備先はアジア太平洋地域を予定しています。中国内陸部を射程に収めるためにはグアムでは遠いため、より中国に近い日本やフィリピンへの配備をねらっているとみられます。

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米陸軍が開発中の新型中距離ミサイルLRHW(ロッキード・マーチン社)

 アメリカがアジアに地上発射型中距離ミサイルを配備した場合、中国は「対抗措置」をとることを明言しています。ロシアも同じく「対抗措置」をとるとしています。

 2019年11月下旬に北京で開かれた中国とロシアの「戦略安定協議」でも、この問題が議題となりました。両国はアメリカがアジアへの中距離ミサイルに踏み切った場合は対抗措置を取るべきだとの認識で一致し、「配備先の国に照準を合わせたミサイルの配備を進めることが議論された」といいます(「読売新聞」2020年12月30日)。

 日本が1000発を超える中距離ミサイルを保有し、さらにアメリカの中距離ミサイルまで日本に配備されれば、中国やロシアは日本に照準を合わせたミサイル戦力を一層増強するでしょう。

 これから数年間のあいだに、東アジアを舞台としたミサイル軍拡競争が、いよいよ本格化することを予感させる概算要求となっています。

★日米一体となった日本への中距離ミサイル配備がもたらすリスクと、日本を米中戦争の戦場にしないための方策について書いた『日米同盟・最後のリスク なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』(創元社)が発売中です。ぜひこちらもご覧いただければ幸いです。


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