判断するなら判断材料が必要
マスクの着用が、個人の判断に委ねられるということになりました。
昨日からです。
でも、僕が生活している周囲では、マスクを外している人はほぼいません。
屋外だろうが、です。
昨日のニュースなどでは、街角インタビューみたいなことをやって
どうしてマスク着けてるんですか?
とか、逆に
どうして外すと決めたんですか?
とか
そんな質問をして
いやぁ、まだね。
ボチボチ周囲を見ながらね。
とか
久しぶりに口紅塗ってみたいなぁって。
とか
そんな答えをする人々を流していました。
▼ メディアの役割は情報を伝えること
僕はこれまでにも、同じようなことを書いたり言ったりしてきたんだけど、メディアの役割って、一般の人に有用な情報を伝えることなんだと思うんですよね。
だから、今のこの、
マスクは個人の判断で
というふうにこれまでとは変わった状況の中で、伝えなければならないことは、
その判断材料
なんだと思うんですよね。
個人の判断で、マスクを着ける着けないを判断しましょうね、もしくは、判断していいですよ、ってなったわけです。
だったら、個人がその判断をするための材料を与える、伝えるということが、やらなきゃいけないことなんだと思うんです。
事実、インタビューに答えていた人たちは
周囲を見ながら
とかっていうのが外さない理由だったりするわけで、そこにはまったく、理論的な思考はたどってない感じです。
▼ 判断材料は感染経路
僕は、その判断材料は、
感染経路
だと思っていて、要するに、そもそもどうやってこの病気は感染するのか?ということさえ理解していれば、マスクを着ける着けないは判断できると思います。
これまでにも言われているように、今回のこの、新型コロナウイルスの感染経路って、ほぼ飛沫感染です。
飛沫をダイレクトで浴びるか、飛沫のついた物を手で触るなどしてそこから感染する。
それが、感染経路。
だとすると、どういう場面、どういう機会でマスクを着用した方が良いかは判断できます。
これが、自分が感染しないようにするための判断材料です。
次に、人にうつさないためにはどうするか。
無症状で自分が感染してるってことを前提に考えるわけだけど、これもやっぱり感染経路を考えればいいってことなんだと思います。
飛沫をダイレクトに浴びせてしまうような状況なら着けなきゃいけない。
まあ、そんな感じで、マスクを着けるか着けないかを、個人の判断に委ねる、とするなら、広めないといけないことは
感染経路
なんだと思います。
以上でーす。