「初めての人生の歩き方――毎晩彼女にラブレターを」(有原ときみとぼくの日記) 第135話:苦しい思い出の涙はいつだって優しい。
「日々生まれ変わるのに忙しくない人は、日々死ぬのに忙しい」
ボブ・ディラン
ベランダのひまわりの、芽が出た。
双葉。
それが二つも。
このベランダでひまわりを育てるのは初めてだった。
いや、もう何十年も昔に育てたきりだった。
小学生。
まだ両親が若かったころ、彼はまさか自分が大人になるなんて思いもよらなかった。
そんな夏が、また今年も巡ってきた。
早朝、彼は外に出た。
ランニング。
だが、いつものコースではなく、今まで行ったことのない道を行こうと考えた。しかしそれは、好奇心からではなく、単純に道を曲がるのがめんどくさかったので、家を出てその前の道路をまっすぐ走っており返そうと思った怠惰な気持ちからきていた。
朝の空気が心地いい。
すでにマスクを外している人が結構な数でいることに対して彼は驚きながら、鼻歌を歌う。
と、そろそろ引き返そうかと思っていた矢先に、川が見えた。
ここから彼の惰性は好奇心に支配され、彼は川の向こう側に行ってみたくなった。
工場地帯。
川はドブのように汚かった。
ところどころ泡が立っている。
ここに落ちたらいくら泳げても違う原因で死んでしまうな、と思いながら、敢えて欄干から下を覗き込む。
背中に寒気が走る。
川に朝日が反射する。
遠回りをして、全く未知のルートで帰ることに。
ふと、遠くに巨大な円柱の建物が見えた。
レンガのような作りから見ると、工場ではなく、図書館のような公的な建物だと思ったが、近づくのが面倒なので彼はその場でスマホを取り出した。
しかし、その建物がなんなのかは分からなかった。
分からないとなると余計に気になるのが人の性分だ。
そのとき、目の前から自転車に乗ったいかにもご近所さんような女性が近づいてきた。
彼は思いきって「あの建物はなんですか?」と聞いてみようと思ったが、その女性が思いのほか若そうだったので声は出なかった。
遠くの円柱を後に彼は帰宅した。
初めての水シャワーを浴びる。
彼はふと、水シャワーをやってみようと思い、早速やってみたのだが、ランニングで火照った体には気持ちいいだろうとの思いは吹き飛んで、腹の底から変な奇声を発してしまった。
この時ばかりは一人暮らしでよかった。
その後も彼は早朝から一人で甲高い声を出しながら水を浴びた。
彼は飽き性だった。
だから彼は頻繁に生活の一部を変えていく。
それが例え意味のないことだろうと、変えるということ自体に意味があったのだ。
そしてその衝動は膨らんで、彼は来週ベッドなどを処分するので、ついでにマットレスも捨ててしまおうかと悩んだ。
このマットレスは二年前に買ったもので、まだ彼が鬱のとき、悩みに悩んで買ったマットレスだった。
あの頃は腰痛が痛すぎて起き上がるのもつらく、またお金も全くない中、彼は買おうかどうか死ぬほど悩んでいた。
しかし、彼は思いきって買ったのだ。
そのことを思い出すと、科の脳裏には彼女の顔と両親の顔が浮かんでくる。
まだたったの二年前なのに、遠い日のようだ。
眠れなくてつらかったこと、腰痛に苦しんでいたこと、高いお金を出すのか必死で悩んだこと。
そして一生使うと決めて、勇気を出して買ったこと。
彼はそんなことを思い出しながら、一人で泣き出した。
つらかった自分に、そして彼女に、そして両親に対して彼は涙を流したのだ。
捨てるのはやめよう。
ごめんね、そしてこれからもよろしく頼むよ。
その言葉で、彼はさらに泣いた。
会いたい。
彼女に、親に。
物には思いが宿るという。
それは記憶にも、過去にも、そして未来にも宿っていく。
思いは日々生まれ変わる。
ありがとう。
彼は久しぶりにお酒が飲みたいと思った。
そんな夜が、彼は好きだった。
☆
こんなことを言うと失礼かもしれないけど、
ぼくは飽き性のくせにきみだけは全く飽きないんだ。
なんでだろう。
もちろんきみがかわいいし美人だしスタイルも性格もいいっていうのは前提としてあるんだけど、なにかそれ以上の目には見えないところに惹かれていると思うんだ。
例えばそれは安心とか、興味とか、わずかな声のトーンとか。
思えば、二年前、ぼくはきみにたくさん迷惑をかけていたね。
マットレスもそうだし、思い出にはいいものもあるし、思い出したくないものもある。
でも、時間はそれらを置き去りにする。
今となっては笑い話、をもっとしていきたい。
飽きないように。
そしてぼくたちが子供だった頃のように、いつの間にか時間に裏切られないように、今この瞬間を目一杯生きていきたいと思う。
今日はごめんね。
明日の締め切りが終われば、会えるよ。
てか会いたい。
会おう。
お昼に応募出来たらそのまま会えるじゃん。
よし、勇気百倍。
今夜は曇り。
外を眺めると月が朧げに消えていった。
また涙が出そうになる。
ぼくはいつだってきみのことを思っている。
恋しい。
ゆっくり休んでね。
おやすみなさい。
☆
初めての人生、
ぼくたちはみんな子供だったのに、
いつの間にか大きくなっていた。
子供の頃、母親に文句を言ったことがある。
いま、ぼくはそのときの母と同じ年になっている。
そうか、親も親で一人の人間だったのだ。
そのことを思いと、涙が出てくる。
大切なこと。
涙が出るほど大切なこと。
初めての人生だから、
お金も欲しいし、
有名にもなりたいし、
権力だって、
地位だって、
名声だって手に入れてみたい。
でも、
それよりも大切なことがある気がするんだ。
鬱で死にたいほど苦しかったころ、
それでもぼくは生きている。
大丈夫だよ。
一緒に行こう。
怖くなんかないさ。
子供の頃、
ぼくはどうしても人前に出られなった。
それが今ではこうしてnoteを書いてみんなに読んでもらっているなんて、
あの頃のぼくに言ってもきっと信じてもらえないよ。
抱きしめてあげたい。
ありがとうって、伝えたい。
頑張れ。
ぼくたちは生きている。
今日もあがとう。
あなたは明日、
どんな新しいことにチャレンジするとワクワクしますか?
ぼくは余裕をもって原稿を応募して、
颯爽と電車に飛び乗って彼女と優雅に午後のティーでも楽しみたいです。
そういえばなんで高校生の時って鬼の仇のように午後の紅茶を飲んでいたんだろう。
誰か教えて。
今年も、残り216日あるよ。
明日も一日あなたは信じられないぐらい、
ありえない幸せをたっぷりと受け取る自分を受け入れ、
認め、許し、愛します。
またね。
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