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10歳の私からの手紙を考察してみた

小学4年生のとき、ある授業で担任の先生から「20歳になる自分へ手紙を書きましょう、今日は10歳になる皆さんの1/2成人式です」と言われた。

50分の授業の間に20歳の私へ。さて、何を書けばいいのだろうか? 必死に頭を働かせた。

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二十才の時の私へ
十才のころの私は、本を読むのが好きで、好きな”教か”は、体育と図工でした。
五才のころは、友だちとよく遊ぶ活発な子でした。東光ようちえんにはいる時は、こわくて泣いてしまいました。だけど、ようちえんになれてきたら、ぜんぜんこわくなくなりました。あと、お話がすきだったので、よく本を読んでもらいました。

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私が2才のころは、ミニーの人形がすきで、ミニーの人形の鼻をかんでいました。おかげでミニーの人形の鼻は白くなってしまいました。
私が6ヶ月(まだ1才にもなっていない時)の時は、夜泣きがひどくて、いつも泣いてばかりいました。
私の”かこ”には、いろいろなことがありました。大人になった私もいろいろな”かこ”を思い出してください。
四年四組 里見ゆい
平成16年10月5日(火) 14:35

「私の”かこ”には、いろいろなことがありました。大人になった私もいろいろな”かこ”を思い出してください」
消しゴムで何度も消した跡があり、何度も書き直したんだろうなと思える締めの文章。10歳の時の私は、これが20歳への私へ1番伝えたかったのだろうなと思える。

さて、少し不可解な文章がある。
冒頭部分の、「好きな”教か”は、体育と図工でした」

ちょっと待ってくれ。私が小学生だった頃は、体育が嫌いだった思い出があるぞ。運動神経が良くはなかったし、同級生と楽しめる感じの子供でもなかった。

まさか・・・10歳にして嘘というものは真実に紛れ込ませたら人は信じるということ知っていたのか? 20歳の私を騙そうとしていたのか?

「私の”かこ”には、いろいろなことがありました。大人になった私もいろいろな”かこ”を思い出してください」
そう思うとこの文章が、まるで偽造過去を植え付けようとしている詐欺文のような意味をもっている。

はたまた・・・20歳の私が的確に過去を思い出せるのか10歳の私は試しているのか? 10歳の私が必死に「私を思い出して!」と叫んでいるのかもしれない。

「私の”かこ”には、いろいろなことがありました。大人になった私もいろいろな”かこ”を思い出してください」
10歳の私「ねぇ、ちゃんと20歳の私はその嘘に気がつけるよね? ねぇ、きちんと”かこ”を思い出せるよね? まさか10歳の私のこと忘れているわけじゃないよね?」・・・怖い。


ちなみに、「6ヶ月(まだ1才にもなっていない時)の時」の文章から分かるのは、私は夜泣きしていたの時期は、5ヶ月だか7ヶ月だか知らないけど、まだ1歳にもなっていないときなんだよと、「情報を正確に伝えなきゃという意思」があるということだ。6ヶ月と断言することができずに、ちゃんと()で注訳を添えたのは、我ながら性格だと思う。

そんな真面目な私が、20歳の私を騙そうとしているか、はたまた、きちんと過去を思い出せるのか試しているのか・・・


ふぅ・・・たぶん小学4年生の体育の授業が面白かったんだな。
そう結論づけて、この手紙の考察は終わろうと思う。

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