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音楽活動の舞台裏#1 アンテルミタンとしての私の5年間【フランス】

フランスで芸術活動をしていると、必ずと言っていいほど耳にする 「Intermittent du spectacle(アンテルミタン・デュ・スペクタクル)」
これは、舞台芸術や映像業界で働くアーティストや技術スタッフ向けの特別な雇用・失業補償制度です。簡単に言うと、仕事が不定期なアーティストでも、一定の条件を満たせば失業手当(ARE- Aide au Retour à l'Emploi)がもらえる 仕組みになっています。

私自身、2020年(コロナでたくさんの演奏会やイベントがキャンセルされた直前)にこの基準に達して以来、この制度のおかげで演奏のみで生活できています。
音楽大学を卒業した後、もしくは音楽留学を終えた後、「どこで何をして生活していこう?」— これは、音楽家として生きていくために、誰もが一度は直面する問いだと思います。
この記事では、フランスのアンテルミタン制度を紹介しつつ、私がどのように音楽活動をしながら生計を立てているのかについて書きたいと思います。

アンテルミタン制度とは?

フランスでは、アーティストや技術スタッフの多くが「CDDU(短期雇用契約)」で働いています。公演や撮影ごとに契約を結び、終了後は次の仕事を探すという不安定な働き方が一般的です。そこで、この制度は「仕事のない期間を支える」役割を果たしています。

アンテルミタンになるための条件(2024年時点)

  • 過去12ヶ月間で507時間の就労(1公演は12時間として計算されるため、目安として約43公演分)

  • CDDU(短期雇用契約)での仕事が対象(フリーランスや個人事業主は対象外)

  • 公認の芸術・文化関連の仕事であること

月々いくらもらえる?

では月々いくら支払われるのか。それはその月の仕事の入り具合によって異なります。ざっくりと言うと、「今月はリハーサルやコンサートが合計10日入っていた」状態だと、残りの21日間は失業中だったとみなされ、国がその期間の失業手当を保証します。失業手当の額は、過去12ヶ月間に得た収入(主に演奏・パフォーマンスなどの報酬)に基づいています。具体的な金額例として、例えば月額約1,000〜1,600ユーロを目安に支給されることが多いですが、これは収入の状況によって大きく異なります。
いくつかの条件はあるようですが、アンテルミタンとして生きるアーティストたちは、住宅購入のためのローンも組めます。(おそらく今年または来年、私の実体験として詳細をご紹介できると思います。)

この失業手当の日当額を上げるために、効率よく更新する方法についても、検索すればたくさん出てきます。なぜなら、507時間が達成されれば、更新日を待たずに早めに更新することが可能だから。また、翌年に入っている仕事のプランニングを確認し、更新タイミングを見計らうことも重要です。日当額の計算式を解説している詳しい情報もあります。
私自身、2023年は契約数に余裕があったので、この計算式と睨めっこして、最終的に少し早めに更新しました。その結果がどうだったのかはあまり明確にはわかりませんでしたが. . .

教える仕事との併用は可能?

教える仕事がフルタイムでなく、収入がアンテルミタンの基準内に収まっていれば、失業手当を並行して受け取ることが可能です。実際、私の周りの多くのアンテルミタンの音楽家は、オーケストラ、室内楽、クリエーションなどさまざまな演奏活動をしながら、週に数日音楽院で教えています。そして、それ以外の日は「失業中」として失業手当を受け取り、これらを合わせた収入で生計を立てています。また、教える時間はアンテルミタンの資格取得に必要な507時間のうち、50歳未満なら最大70時間、50歳以上なら最大120時間までカウントされます。

一年に一回の更新、できなかったらどうなる?

12ヶ月間で507時間の契約に達しないと、翌月から失業手当の支給が止まります。ただし、これまでの契約時間がすべて無効になるわけではなく、その後、契約時間が貯まれば、再びアンテルミタンの資格を取り戻せます。

私の実体験(数字は適当):

  • 2023年6月から2024年6月までで480時間しか契約がなかった。

  • そのためアンテルミタンの資格を失い、翌月からの失業手当の支給が止まった

  • しかし、2024年8月に70時間分の契約があり、2023年6月と7月の契約時間は消えたが、 2023年8月から数えて507時間を達成、資格を取り戻した

  • 2024年9月から再び失業手当が支給されるようになった

オーケストラの仕事など、リハーサルや公演回数が多い仕事があれば、年間507時間という数字を達成するのは決して難しくありません。ですが、ソロ活動、とくに現代音楽のクリエーションばかりしていると、年によっては達成が難しいこともあります。これは、たった5年間の私の経験の中でも実感していることです。

実際、アンテルミタンの資格を得たものの、翌年から更新できなかった楽器奏者、俳優、舞台美術の友人が私の周りにもいます。一方、私が出演していたコンテンポラリー・サーカスのカンパニーには、20代の頃から30年以上にわたり、途切れることなくアンテルミタンとして生活しているサーカスアーティストやミュージシャンばかりでした。

アンテルミタンだけでは将来が不安だと考え、音楽教育者としてのディプロムを取得し、音楽院のより良いポストやオーケストラの正規ポストを探している音楽仲間も多いです。

5年間アンテルミタンとして生活してきて

正直、自分にしては上出来すぎる、と日々幸せに感じています。
創作活動や楽器の練習に好きなだけ時間を費やせる上、演奏依頼、ツアー、レジデンス、稽古などの予定が入ってもストレスなく対応できるこの生活は、本当に夢のようです。日本でフリーの音楽家として活動する道を選んでいたら、今のように演奏一本で生計を立てることは、私には到底叶わなかっただろうと想像しています。

この制度は芸術を支える重要な仕組みとして高く評価されていますが、財政的な負担が大きいため、改革が求められることも多いのが現実です。特に近年、政治的な要因から制度の見直しやさらなる削減の可能性が指摘されており、今後どのように変化するかは注視する必要があります。それでも、現行制度が提供する支援は、舞台芸術に関わるアーティストにとって非常に貴重であり、今後も制度の充実を願う声が大きいのが現状です。

パスポート・タランアンテルミタン制度。この二つの制度を利用できる基準に達したとき、私が具体的にどのような仕事を、どのくらいの契約数・仕事量で行っていたのかについては、以下の記事で簡単に説明しています。

一つの例として、これからフランスで音楽や舞台芸術の世界で生きていこうと考えている方の参考になれば幸いです。


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