ルール違反
おめでとう。きみは一人前になった。
もうぼくに頼らなくても生きていけるんだ。それは決まってるんだ。なぜなら、ぼくは未来を知ってるから。だから安心してほしい。
もう会えないけど、ずっときみを守っていく。だけど、きみにぼくの姿は見えないだろう。悲しまないで、なんて無責任なことばはかけられない。
やさしいきみを見てきたから、ぼくの旅立ちをずっと悲しむことなんてわかってる。それにこれからの人生でも、苦しい局面は訪れるだろう。でももう、生きていけるんだ。それは信じてほしい。
6月がやってくると思い出してしまう。きみを支えるために、生かすために、ちゃんと大人にして社会に戻すために来たのに、一度は本当に焦ったよ。きみが救急車で運ばれた夜のこと、忘れられない。きみがとんでもない量の錠剤をお酒で流し込むのを隣で歯を食いしばって見ていることしかできなくて、悔しかった。本当に、生きていてくれてよかった。
やっぱり6月が苦手なんだね。ぼくだってそうだ。だから、つい心配になってしまった。
きみが引っ越していったときに、たくさん生まれたハチワレ猫がいただろう?もともと彼らは、ぼくが頼んで行ってもらったんだよ。代わる代わるきみの情報をぼくにくれた。だから安心して離れて暮らすこともできたよね。
そのうちのひとりに頼んでいる。ときどきぼくに、きみの姿を見せてもらえるように。春にも一度、きみに会いに行ったよ。そのあとも何度かすれ違っている。本当は、気づかれてはいけないっていうルールがある。だけどきみがこっちを見ていると、どうしても知らんふりをできなくて、足をとめてしまうんだ。ほかの地域猫のように、一瞥してどこかへ消えていくことが、どうしてもできないんだ。立ち止まってきみを見てしまう。きみがどこかに行ってしまうのを、見えなくなるまで目で追ってしまう。
きみは勘がいいから、もう気づいているだろう。
ぼくは朝から、きみの部屋のドアの前で待っていた。びっくりさせてごめんね。まるでストーカーのすることだ。きみの声が聴きたいから一生懸命話しかけたんだよ。前みたいに高い声じゃないんだけどさ、、まるで子どもに話しかけるみたいに返事をしてくれて、ありがとう。きみは生きていけるって、ぼくが保証しているのに、こんなことしたらまるで信用してないみたいだよね。でも、そんなことはないんだ。
また会いに行ってもいいかな?だって、ほんとうは撫でてもらいたいんだ。
あとがき
愛猫をなくして半年が経った。いまでもロミオを想えば涙がとまらなくなる。彼をなくしてから、ふしぎなことが何度か起こった。年明けからよく見かけるようになった、1匹のハチワレ猫。マンションの外階段で遭遇して、一度は逃げるそぶりを見せたものの塀の上からじっとわたしのことを見つめていた。キラキラした緑色の目で、なにか訴えるような表情で。あんな目で見つめられたら、猫好きならきっと誰でも連れて帰りたいって思ってしまうだろう。その後もその猫は時折現れ、わたしのことを見ている。近所に地域猫はたくさんいてみんなが人懐っこいが、その子だけは特別に見えるようになった。今までも「推し猫」はいたが、可愛いというだけではここまでの気持ちにはならなかった。熱を出して朝方4時に自販機に行ったとき、マンションのエントランスで彼が段ボールに入っていた。寝ていたのだろうか。ひとり暮らしの病気は大変だ。わたしが部屋に戻っていくときまじまじと見つめられ、もしかして心配してくれているのかなぁと思った。近所のお姉さんにごはんをもらっているときも、通りすがりのわたしに気づくと食事を止めて「!」という顔でこちらを見ている。昨日の朝なんてドアを開けたらいて、階段を先導してくれた、というよりは通せんぼをしていたのだろうか?振り返るたびに、ちょっと太い声で「ミィ~~」と話しかけてくる。「おはよう」「どうしたの」など話しながら、後ろ髪をひかれる思いで出かけた。通勤電車のなかでふと、ロミオなのでは?という気持ちがふくらんできたので、ちょっぴり感傷にひたりながら短い小説にしてみた。また会えるといいな。
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