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呪いの言葉を吐いている。救いの言葉を書いている。

誰かが作った価値にあてはめられ、値踏みをされている


最近やっと体調が回復し今度は大量に食べるシーズンがやってきた。人間の身体というのは面白いもので、次に来る衝撃に備え身体を整えるために蓄えるのだ。多分、今冬眠前の準備中。


カフェインを断ってみたり、めかぶばかり食べたり、一見健康そうで不健康な日々を送っている。ところで時計を変えてからずっと急かされる夢を見ていた。つい先日、違う夢を見てようやくと思い安心したものだ。

時間と年齢が上がるにつれ、より感じるようになったのは誰かが作った価値にあてはめられ値踏みされている事だ。それは誰かからではなく、自分自身にその考えが染みつき始めた事である。

これは由々しき事態で、ただでさえ劣等感がある人間だというのに長年染み込ませられた思考が、ここに来て自分の首を絞めるのだ。ああ悲しきかな日本人。こうはなるかと思い続けていても、いつの間にかあの頃の自分が嫌がった思考が身についている。

こうありなさいとか。誰かが言う普通と素晴らしいと言われる人生に足元からつたで絡められている感覚だったのに、最近は脳からやってきている。いつまで自由にしているのとか、その稼ぎで来年は、再来年はどうするのとか、身を固めろとか、何かそんな事。

でもよく考えたら生活できるだけの金額さえあればなんとかなるものだ。来年、再来年生きてるかどうかなんて分からないだろう。明日歩いていたら死ぬかもしれないし。ていうか貯金があるので大丈夫!!

と、分かってはいるのに誰かの何気ない一言で首を絞められる瞬間がある。

でも、綺麗な生き方をしていないと幸せではないのか。応援してもらえないのか。愛しては、希望を持っては駄目か。なんて思っている。個人的には綺麗に取り繕って本音一つ離さないような人間よりも、等身大の人間の方がよっぽど好感が持てるが、世間が求めるのは取り繕った人間である。笑えるよな。

言葉は人を救うし呪うのだ。私の言葉で誰かを救ったのも知っているし、呪ったのも憶えている。きっと、この先も忘れる事はない。

だからこれからも救いの言葉を紡ぎ、呪いの言葉を吐くだろう。長い時間を経たとしても、文字を紡いでいくだろう。打てなくなったら書いて、書けなくなったら言葉にするだろう。口から吐いて、息を吸うように。

書きたい物語が沢山あるのに、同時進行でいくつも書く事が出来なくて、そんな時間を手に入れるのも出来なくて、最近もやもやした気持ちで生きている。
あれを書かなきゃ、整理しなきゃ、こっちも書きたい、これで外に出たい。沢山沢山浮かんでは残念な体力が邪魔をする。最早一日仕事していない時間以外を書く時間にするための筋トレをすべきなのか。そういう事か。

そう考えたのでスーパーまでの道をあえて近道ではなく遠回りをし、あえて坂道を登ってみた。見慣れぬ道には山葡萄の花が咲いていて、背を越すほどの木々が道にまで出ていた。下を通れば葉が一枚、緩やかに落ちていく。季節が、終わるのを感じた。


まだずっと先だけど、桜は咲くだろうか。数多の花の中から桜を与えられ数多の人々の中から選ばれた名誉を、私は返せるだろうか。その期待を自分に課せて首を絞めませんようにと思いながら、早く冬が終わればいいと願った。

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優衣羽(Yuiha)
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