エラーコード7
洗濯機が壊れた。
連休最終日、昼過ぎに起きシーツを洗濯した。事件は唐突に起きた。
シャワーを浴びて昼食の準備をしていた。パンを焼き平和な一日が始まろうとしていた時、突如洗濯機が鳴り響いた。エラーはずっと続き、一時間以上格闘した。
ようやく直った頃には背中に汗が滲み、シャワーの意味がなくなってしまった。私はふと、相変わらずの人生だと思った。
スプラトゥーンをやり始めて一週間が経った。毎日のごとく夜に高校時代の友人たちが集まり数時間ゲームする日々は、当時を思い返すとともに時間は残酷だと感じた。
いつの間にか、日々が過ぎていく。
毎日が同じような事の繰り返しでいつの間にか過ぎ行く時間の中に取り残されている気がしてならないとより感じるようになったのは、多分、一人になってからだと思う。
人と関わる期間が少なくなって、新しい人脈を増やす気もなく、好きな事をし続ける日常は平和かもしれないが刺激は減り気づいたら時に取り残されていた。事を本当に良く気付く。
いつか焦る日が来るのかなと思いつつも平和に息をしている。
なのでびしょびしょのシーツを必死に抱えても、洗濯機に押しつぶされそうになっても、土砂降りの雨にびびっても、まあ生きてはいるのだ。
ぼんやりと日々を過ごしながらも、ある情報でより時間を感じたのはBLEACHのせいである。
初めて、何かの作品にはまったのがBLEACHだった。
物心ついた時から家にジャンプがあった。読めないながらもペラペラとページをめくり、一番絵が綺麗な作品を見ていた。
並べられた漢字の羅列を学び続けていたら、いつの間にか読めるようになって。知らぬ間に表現を身に着けた。私の創作の始まりは、恐らくだがBLEACHに魅入られた事から始まるのではないだろうか。
言葉が美しいものだと知れたのは、間違いなくBLEACHのおかげで。
細やかな背景も、事情も、何もかも。私の基礎を作ったその作品を思い出しては憧れを追い続けている。
人は不思議な事に、自分の核を作った作品をいつまでも忘れない。
いくつになっても思い出してはあの日々を忘れないように歩く。
歩き続けては息が切れるまで、ずっと生きていく。
時折何もかもを忘れてしまった時に足を止める。鼻歌が口ずさめるようになるまで少しだけ立ち止まって、大好きだった作品を思い出しては心を包み込んでいく。
そして、新しくなった思い出と共に生きていくのだ。