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匂いは仕舞った記憶を思い出させる爆弾だ
ベランダから見えた花火を眺め、思い出は繰り返すものだと悟った。
何度でも言うが匂いと音は、仕舞ったはずの記憶を思い出させるための爆弾だ。爆発した瞬間、走馬灯のように当時の出来事が浮かび上がり、心を締め付けては唇を噛み締めた。着火を待っていたわけでもないのに、勝手に思い出しては苦しむなんて馬鹿みたいだ。
先日、歩いていると金木犀の生垣が続いていた。橙の小さな花はまだ、落ちる気配もない。
金木犀の匂いはどこか石鹸の匂いに似ている気がする。酔いそうな甘さと肌にこびりついていく滑らかさを感じる。きっとこの中に居続けたら吐くのだろうと思うくらい蠱惑的な香りだ。
日本人が秋の訪れを感じる匂いが、誰かにとってはトラウマの匂いになるのではないだろうかと考えついて次のアイデアを出していく。ところで全然関係ないが、先程照り焼きチキンを作ったせいで換気したのに照り焼き臭が充満している。こういう時に、広い家なら被害が減ったかと感じた。
ふと、この季節になると誕生日の色々を思い出す。数日後にまた歳を取る。が、私にとっての誕生日はあまりいい思い出がない。笑える話だが、社会人一年目の私の誕生日は最悪だった。
プライベートが上手くいかなくて、おまけにその日に限って出張で。欲しかった言葉を一つももらえないまま退勤ラッシュの波に揉まれ、ようやく座れた瞬間涙が零れそうになった。
俯いてバッグを抱きしめ眠った振りをした。ただ忙しいだけではこうはならなかった。でもその頃の私には、話すだけで、考えるだけで気持ちを落とす人間がいた。あんなにも不快な気持ちになったのは初めてだし、あんなにも精神を持っていかれる体験は初めてだった。ちまたで聞いた、一緒にいるだけで精神力が吸われる人間って本当にいたんだと知る。
その日に聴いていたEVER GLOWの「NO GOOD REASON」が流れる度にあの日を思い出して苦笑交じりの溜息が零れる。連続的に跳ねるサウンドは、私の心を締め付け金木犀の匂いを彷彿させるのだ。
18の一人ぼっち誕生日から数年、まさか次の手酷い思い出が曲にかけられたとは酷い話である。私はこの曲を聞く度にあの日を思い出してしまうのだから。
人生が100まで続くとしたら、ようやく四半世紀終わりそうで。
誰かにとっては速かったと言うかもしれないが、私にとっては随分と長かった。来週この世にいないんだろうなあとか考えて、25年まで辿り着いた。誕生日を迎える度に祝福されない世界が待っていた。繰り返して何の意味になるのだろうと思った。でも最近、ようやく事の本質に気づき始めた。
私多分、祝ってくれって駄々こねた事無いな。
と。
誰かに祝ってもらうために人づきあいをよくしたり、要望を伝えたりしてこなかったなあと。よく考えたら、愛されるって自分の要望を上手に伝える事だ。幸せって自分の欲しいものが手に入るために種をまく事だ。
ずっとやって来なかった事だ。
人が怖くなったのは20くらいから。人が残酷だと感じたのはもっと前。誰かに期待しなくなったのは、自分に何もないと知らされた子供時代。何かを為したくて、ただ一度でも認められたくて足掻いて。信じられるのは自分だけだなんて言って。今でもずっと、そうだけれど。
でもそれでもいいのかなって思えるようになったのは、思い出せる記憶が出来るくらい生きてきたからだ。だてに四半世紀生きてきたわけではないから。
欲しい物を口にして、願望を手にするために種をまいて。誰かと知り合って、それでも一人になった時折れないために誰よりも自分を信じて。何もないなら何かを得ようと努力すればいいって、生きてきて知ったから。
それでいいんだって。
明日、世界の終わりが来たとしても。明日、命が終わったとしても。長い長い四半世紀が幕を閉じても。金木犀が散ったとしても。
私は私にとっての一番でいようと、私にとっての一番を生み出そうと。
それだけの人生であろうと、思っただけ。
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