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元気でいろとは言わないが、日常は案外面白い

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作家による日記風エッセイ
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2024年5月の記事一覧

焼き菓子の香りに目を細め、幼少期の私が顔を出す

チョコレートが焼けた香りに、思い出は助長される 幼馴染と言われるような関係性の子がいた。誕生日は二日違い。近所の公園で出会ったその子は、瞬く間に一番の友達となった。 同じ幼稚園、何度も遊んで当時の私にとって彼女は最初の友人だった。 違う小学校に行き、それでも低学年の間は何度か遊んでいた。中学生に上がり私たちは別の世界を歩くようになった。用があれば話すけど、関わりはまるで他人のよう。そういうものだと思いつつ、当時のようには戻れないと少しの寂しさがあった。 ともかく、彼女

一生の後悔として、君に放った言葉と添い遂げるよ

「いつか、」 雨の強い日だった。席に座る彼の背景に曇り空が広がっている。電気のついていない教室には私たちしかいない。灰色の空と薄青のカーテン、濃い緑の黒板が白い壁と汚れた床に反射して、青灰色の色彩を放っていた。 一歩。また一歩とそちらへ近づく。彼は私に気づき顔をこちらへ向ける。私は椅子を引っ張り机の横につけて持っていたノートを開いた。 「これさ、」 何を話したかは分からない。ただ、どこにでもあるような他愛ない会話。思い返せないほど当たり前であった日々の欠片。今となって

唯一になりたかったのは必要とされないと価値が無いと思っていたから

君は僕の特別 誰かの何かになりたかった。唯一。替えの効かない存在。その言葉は酷く魅力的で、まるで月に手を伸ばすかのような感覚で求め続けた。 もがき、足掻き、苦しんで。誰かの何かになれない事に気づいた。自分はどこにでもいる何かで、替えはいくらでも効く、手は月に生涯届かない。 薄々気づいていた感覚が、脳天から直撃して脊髄を通り爪先まで充満した時、光のない場所で立ち止まった事を憶えている。無力感、世界へ唾を吐く感覚、降る雨は慈雨ではなく針のようにも思えた。 誰かの何かになり