生産技術の可視化と継承

日本と海外(ポーランド)でのスーツケースの生産現場の映像を2つ視聴して、生産技術の可視化と継承について考察した。

日本で唯一のスーツケース生産工場である、エースラゲージ北海道・赤平工場にて、日本製スーツケース、プロテカが生産される様子

Profim(ポーランドにある、ヨーロッパの市場でオフィスの座席の製造メーカー) https://www.profim.eu/


二つの動画、公開時期がほぼ同一であり、日本と海外(ポーランド)の比較という視点で見ざるをえない。二十年以上GDP成長を続けるポーランドと、デフレ傾向から未だ抜け出せない日本との、工業製品生産現場の大きな差を見せつけられた気がしてしまい、残念な気持ちがしたというのがまず率直な感想。

日本の方は、ほとんどの工程の人の手が入っている。海外の方は、ほぼすべての工程を機械でなされており、人の手が入っているのはエンドユーザーが直接触れる部分、製品表面の布張りを塗ったりアイロンがけしたり、という工程が中心なのが興味深い。

ただし、YouTubeで他の映像を検索すると、他の国のRIMOWAやSAMSONITEなど一流メーカーによる旅行トランクの製造にも人の手を適宜介して行われており、単純にこの映像を持って、日本と海外との工業製品の生み出し方の違いとは言え切れない。

人が大量生産の現場で直接手を動かすことの役割は、工程を手作業で行うということに加えて、不良品の発見があげられる。

前者について、日本は生産労働人口の減少、熟練技術者の高齢化に悩まされており、作業工程を人の手から機械による自動化へ切り替えていきたいところだが、設備投資金額が大きく、人の教育も同時に必要なため、切り替えには大きな費用と時間が必要となるだろう。大量生産ではない職人による手工業についても、職人が貯金を切り崩して後継者を育てたところで事業を継いでくれる保証はなく、すでに後継者がいないまま潰えた技術もあると聞く。かつてAppleからその職人技術を買われて受注していた、iPod裏の鏡面研磨や電源マグネットの技術を持っていた日本の会社が、Appleによって人件費が安いアジアの他企業へその技術を展開されてしまうことがあった。生産技術を可視化するということは、複製しやすくなるということに繋がる恐れがあるし、差別化要因を少なくしてしまう恐れがある。

後者について、工業製品の生産工程で発生する不良品を、人力で行なっているか機械で自動化しているかは映像からは確認できなかったが、少なくとも日本の例では現場で人がチェックしているのだろう。人は多変量で微細な変化を目視で確認をすることができる。しかし属人的、暗黙知である。機械は人に比べると融通が効かない。しかし反属人的、形式知である。ここにも自動化の余地がある。

日本では昔から工芸に限らず職人という存在があった。そういった社会・文化であったため、職人技術は人を介して伝承されていく、そのことが継承であるという価値観に重きが置かれ、利益がたくさん出ている時代のときに次の時代へ向けた危機意識を持てず、近年の機械による自動化への波に乗ることができなかったのではないか。

生産技術の可視化と継承についての提案

人が大量生産の現場で直接手を動かすことの意味として、工程を手作業で行うということに加えて、不良品の発見の二つをあげた。これに沿って説明していく。

前者について、機械による自動化しやすい工程しにくい工程とあり、これをもって作業工程や職人に上下があるように見えることがあってはならない。これがあると機械による自動化は普及しづらくなるだろう。また、職人に対する日本人のマインドセットを変えていくことも必要かもしれない。複製がしやすくなるということに関連して、ソフトウェアの世界ではオープンソースというエコシステムがある。一社独占の技術はその一社以外から総スカンを食らうとある日突然なくなってしまう恐れがあり(例:Adobe社のFlash)、オープンソースはそうならないよう共存するためのアライアンスである。誰もが使える標準的な仕様や技術を策定し、従来の著作権法ではない柔軟な権利設定ができるクリエイティブコモンズにより利用規約が設定される。また著作物のユニークネスをブロックチェーンで保証するやり方もある。この考え方を生産技術の可視化へも用いられないだろうか。たとえば製造業でも機械を制御しているソフトウェアがあり、動作パラメータや機械に対する人のコミット具合、機械自体の動作、稼働時間などのデータを蓄積することができる。それらのデータを活用例を共有するのである。特許を否定する考え方ではなく、共存共栄のためのフレームワークである。

後者について、これまでこの不良品チェックの工程は人を解さない機械による自動化が難しかったが、ディープラーニング技術の社会実装が行われるようになってから、ディープラーニング技術を活用した不良品チェックの自動化が海外や日本の様々な企業で取り入れられている。作業工程を人の手から機械へ切り替えるには設備投資金額が大きく、人の教育も同時に必要なため、切り替えには大きな費用と時間が必要となる。その一方で、不良品のチェックは導入コストが前者ほど高くなく、人の目視からの切り替えとそのメリットが出やすいのではないだろうか。自動化によるメリットは計り知れない。データの蓄積と一元化ができ、いわば攻殻機動隊のタチコマのようなもので、正しく教師データを設定すれば、限界はあるが精度はどんどん上がっていく。加えて、不良品を生み出す原因となる機械の劣化や環境の変化への予測ができるようになる。不良箇所の原因が正しく特定できれば製品のデザインへのフィードバックにもなる。

製品デザインには機能性と美しさの両方が必要である。生活必需品が行き渡った日本では、日常製品にも付加価値が求められ、同時に人件費が安い国で製造される製品とも価格競争にも巻き込まれる。付加価値のためにこそ人間というリソースを割くべきだ。

注:大学院での製品デザイン技術特論へ提出したレポートの再掲です。

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