【講座レポート】誰一人取り残されない重層的な支援が届くまちづくり~ “つながる みまもる ともにいきる 渋谷”の実現に向けて ~
複雑化・複合化し、解決が難しい課題が多い中で、地域のつながりを見直し、地域住民や団体など多様な主体の強みを生かした連携を行うことが、いま、求められています。
なぜ渋谷区は「結・しぶや」を作ったのか、なぜ「重層的支援体制整備事業」を始めたのか。渋谷の地域づくりのこれからについて考えるきっかけとして、以下のレポートをご覧ください。
“福祉”とは?
私は、福祉部の管理職になり10年になります。認知症の取り組みを行う担当課長、介護保険課長、高齢者福祉課長を経て、現在地域福祉課を担当しています。
みなさまにまず考えてほしいことがあります。「福祉」ってなんでしょうか?
「福祉」とは、人々が幸福で安定した暮らしが出来る事、みんなが幸せになれる事です。「福」も「祉」も、しあわせという意味が込められた漢字です。
人によって価値観が違いますから、みんなが幸せになる、というのはなかなか難しい事だと思っています。寄り添いながら考えていくことが、福祉では大切なのではないかなと思います。ひとりひとりの状態や価値観に寄り添った事業をしていくことを念頭に置いておきたいと思っています。
渋谷区では、長期基本計画を策定しています。大きな目標として、「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」。その中で、福祉分野としては「あらゆる人が、自分らしく生きられる街へ。」として、3つの施策を進めています。
「地域における共生型社会の実現」「生活支援サービスの充実」「高齢者、障がい者等が安心して暮らせる環境の整備」です。
重層的支援体制整備事業とは
「重層的支援体制整備事業」は各都道府県における必須事業ではなく、任意事業という扱いになっています。ですが、本区では必要性を感じて取り組んでいます。
「重層的支援体制整備事業」は令和3年度から始まり、令和5年度現在で国内189自治体でしか行っていません。東京23区では6区のみ。世田谷区と豊島区から始まり、渋谷区は4区目となります。
『相談支援』『参加支援』『地域づくりに向けた支援』の3つを柱として事業を行うよう、国から示されています。また、これと共に、『包括的相談支援事業』『参加支援事業』『地域づくり事業』『アウトリーチ等を通じた継続的支援事業』『多機関協働事業』の5つの事業を展開するようにと記載されています。これらを一体的に実施して初めて、“重層的支援体制整備事業が行われている”と言える自治体となります。
重層的支援体制整備事業とは、“制度や仕組み上の「支援のしづらさ」を改善し、「生きづらさ」を抱える人の生活を支援していく事業”です。
重層的支援体制整備事業を開始したとしても、各分野の制度が変わるということではありません。制度や仕組みの縦割りをなくして、連携を図る仕組みをつくる、ルールづくりをしていく、というものです。制度は変わりませんが、制度を膨らましながら、横につなげていこう、といった事業となります。
さまざまな事業の実施にあたって、区市町村は国から助成金をもらっています。これにはやはり縛りがあり、国の監査もあります。例えば、地域包括支援センターが65歳以下の地域の人に対応すると、その時間分は返してください、と言われるようなこともあります。そういった縛りがあると支援はしづらいものです。そういった部分をふくらましながら、つなげていくことが出来るのが、重層的支援体制整備事業です。
具体例をご紹介します。
70代のお母さんと40代の息子が暮らしています。年金収入のみでやや困窮しており、息子さんはひきこもりです。こういった場合、これまでは、息子側、お母さん側で、ばらばらに支援をしていました。しかし、ひとつの家庭に複数の困難事例がある場合、世帯全体で見ていかなければならないということは、みなさまイメージがつくかと思います。
個々の職員や住民の方々が、ソーシャルワークの中で、ご家族についても心配しながらそれ以上は動けなかったということは、これまでにもあったかと思います。他の課にアプローチしても、なかなかうまくつながらなかったこともあったかと思います。
こういった課題に対応するため、世帯丸ごと支援対象にしていこうという仕組みやルールづくりをしてくのが、重層的支援体制整備事業です。
重層的支援体制整備事業によって、支援の方法も変わっていきます。これまでは課題に対し、サービスや補助金、現金給付などの制度を提供し、その場で解決することがほとんどでした。しかし、それだけでは解決が困難な事例が実は山ほどあります。
これに対し、重層的支援体制整備事業では、「伴走支援」というものを行っていきます。社会福祉協議会など専門職による伴走、また地域の方々による伴走ということも考えられます。地域の方々には、これまでに行ってきた活動のなかで、意識して見守っていただくことで、支援者と対象者がつながり、対象者と周囲の関係が広がっていくことが出来るのではと思っています。
伴走支援とは
例えばヤングケアラーのお子さんがいます。介護されている親には、課題解決支援を提供できます。一方で、介護しているお子さんについては、様々な支援を継続していく必要があります。
見守り支援だけでなく、子ども食堂や、放課後クラブ、民生委員の支援など、人が重なり合い、支援をしていく。次の支援を受けられるまで伴走していく。こういった伴走が大切になります。
行政職員一人でこういった伴走を行っていくのは難しいことです。必ず、要所要所で人にバトンを渡していくことがポイントになっていきます。
伴走支援においては、先ほどご紹介した3つの柱のうち、地域につなげていく『参加支援』、受ける側の地域をつくる『地域づくりに向けた支援』も必要になります。
相談支援とは
これまでは、課題がある人が相談窓口に相談しに来ることで、支援や地域につながっていました。これからは、地域で活動することによって、地域が相談の場になるということもあるかと思います。
例えば、子どもテーブルの活動の中でのちょっとした気づきから支援につながることがあると思います。地域の方々が目になり、窓口につながっていくことがあるかと思います。
ある65歳以上の方を対象とした調査で、参加グループの数が多いほどに、社会的サポートを受けられている割合が高いということが研究結果として出ていました。
また、社会参加をしている人の方が、うつ病の発症が低いということも数値的にも見られています。
重層的体制整備事業にまつわる用語紹介
これまでに出てきたいくつかの用語について、少しご紹介します。
「アウトリーチ」
…語源は、「外へ(out)手を伸ばす(reach)」。援助が必要であるにもかかわらず、なんらかの理由で自ら支援を求めるのが難しい人に対して、支援する側から積極的に情報や支援を届けること。
「多機関協働事業者」
…複雑化・複合化した事例を調整し、支援の方向性、関係機関(庁内・地域)の役割分担を決め、支援の進捗状況等を把握し、モニタリングをおこないます。渋谷区の場合は直営で福祉部地域福祉課が担っています。
「地域福祉コーディネーター(コミュニティソーシャルワーカー)」
…①複雑化・複合化したニーズを包括的に受け止め、②さまざまな事情で社会から孤立しがちな人の社会参加を支援し、③だれもが役割と生きがいをもって生活できる地域づくりを行います。関東では地域福祉コーディネーター、関西ではコミュニティソーシャルワーカーと呼ばれています。地域づくりやアウトリーチなど、福祉の中心的な役割を担ってくれています。
「コミュニティマネージャー」
…地域で活動する団体の交流を促進したり、運営に関する相談を受け団体活動支援を行います。渋谷区では「結・しぶや」に常駐しています。
このほかにも、「生活支援コーディネーター」などさまざまな関係者がいます。
渋谷区の重層的支援体制整備事業とは
スローガンは、“つながる みまもる ともにいきる渋谷”です。
令和2年度に、課題を抱えている世帯へのルールづくりや仕組みづくりが必要な事例が多くなってきた中、重層的支援体制整備事業をやっていった方がいいのではないかと、庁内での確認を始めました。令和3年度には、先行自治体の世田谷区、八王子市、豊中市などにヒアリングを行いました。また、担当課長と係長にあたる役割が配置されました。令和4年度にはこれらの自治体に視察に行き、地域福祉コーディネーターを4名配置しました。令和5年度には13名に増員しました。そして、福祉なんでも相談窓口を区役所に設置し、さらに、結・しぶやを設置しました。
「結・しぶや」をつくったのは、地域連携を進めていきたいからです。国のモデルや先行自治体のまねだけでは上手く行かないと実感しています。なぜかというと、地域によって、課題や資産が異なるからです。渋谷区独自の地域連携が必要です。
その鍵が、地域団体のみなさまや民生委員のみなさま、社会福祉法人のみなさまなどです。
みなさまにご協力頂きたいこと
みなさまにも、常にアンテナを張っていただき、気づいたことは「福祉なんでも相談窓口」にぜひ伝えていただきたいと思います。加えて、既存の活動の中で、該当者のサポート、伴走支援をお願いしたいと思います。
例えば、子どもテーブルを運営していると、来ているお子さんの変化に気づく事があるかと思います。そういった場合に、お子さんの変化を福祉なんでも相談にお伝えいただければと思います。
ご相談いただいたら、地域福祉コーディネーターが対応します。地域福祉コーディネーターは、丁寧にアウトリーチを行い、その人に合わせたアプローチを行います。それによって世帯の状況が見えてきます。
それをもとに、渋谷区の地域福祉課(多機関協働事業者)で、課内会議を行います。そこで、対応できそうな課を指定し、対応をしていきます。該当する所管が決められない場合も、会議をしながら、重層的支援会議、支援会議というものを行います。
これらの会議には、地域団体のみなさまにも参加していただく可能性があります。伴走支援として、地域団体のみなさまにお願いすれば見守ってもらえるかもしれない、対象者を詳しく知っていらっしゃるかもしれないと思い、話を聞く事があります。
なお、「重層的支援会議」は、課題を抱えている本人の同意を得られた場合に行います。「支援会議」は、同意を得られなかった場合に行います。
「結・しぶや」について
渋谷の地域で、どういった団体のどういった活動が行われているのかを知りたい思いもあり、「結・しぶや」を設置しました。逆に、足りない社会資源はなにか、支援分野の垣根を越えて団体同士が連携することによって解決する方法があるか、なども考え、取り組んでいければと思い、この場をつくりました。
「結・しぶや」は、渋谷区で地域に関わる活動を行うための場所であり、区内の団体をつなぎ、応援する取り組みを行う場所です。社会福祉協議会の地域福祉コーディネーター、ボランティアセンターのほか、専門的な知識を持つコミュニティマネージャーも関わっています。地域の活動の中で上手く行かない、というところがありましたら、そういったご支援もしていきたいと思っています。
<まとめ>
渋谷区における重層的支援体制整備事業については、区がモニタリングを行っていきますが、課題解決につなげられない伴走支援については、地域団体のみなさまにご協力頂きたいと思っています。伴走支援における地域団体のみなさまの支援は、ワンストップで丸投げするということは考えていません。行政職員が調整し、複数機関で幾重にも重なりながら、解決していきたいと考えています。
伴走支援については行政職員からお願いをしますが、地域団体との適切なマッチングを行うために、「結・しぶや」に地域福祉コーディネーターとコミュニティマネージャーを配置しています。
みなさまには、活動の中で、ちょっとした気遣いを持っていただきたいと思っています。その気遣い同士がつながって、支援が広がり、支援からもれていた人が減っていくのではないかと思っています。子どもだけの活動をしている人が高齢者の活動団体とつながることで幅が広がることもあるかと思います。活動に際しては、「結・しぶや」として、コミュニティマネージャーを含めてしっかり支援を行っていきます。
また、区民として、買い物に行くとき、配達に行くとき、ゴミをひろう、出勤する、街を歩くときに、ちょっとした気遣いを持ってもらえれば、今まで見落としていた人、制度から抜け落ちていた人を拾い上げることが出来るかもしれません。ちょっとした気遣いを、日常生活の中で持っていただき、ぜひご協力頂きたいと思います。行政だけが福祉を行っていくものではありません。地域の困りごとを一緒に考えて進めていける渋谷区にしたいと思っています。