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忘れ去った歴史、持ってた文明の利器

 夏期休暇が終了し大学の授業が再開した今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 結衣と申します。よろしくお願い申し上げます。

 さて、桜の季節の頃、私は大学の近傍の路上で、初めて宗教の勧誘を受けました。
 高等学校の世界史の先生は、宗教勧誘に来た人を知識でたこ殴りにし視界をぼやけさせたそうですが、私の世界史のノートは薄墨で描かれた不思議なアート。
 女性の二人組が突然現れ、パンフレットを渡してきまして、一人が穏やかに語り始めました。そこからは彼女の独擅場です。早く立ち去りたいのですが、去ろうとしますと立ちはだかりますので仕方なく、相手にせずに聞き流していましたら「そのような態度は失礼でしょう」ともう一人の女性からご注意を受けました。私は「他人を否応なく長時間引き留め、信仰心を披露するのも失礼だろう」と思いましたがゆめゆめおくびにも出さず、どうしたものかと一人困り果ててしまいました。「誰か助けてくれないかな」とスマートフォンを操作し始めましたら「話の聞き方が非礼だと何度も言っているでしょう」と二度目のお叱りを受けました。しかし、なけなしの勇気を振り絞り消え入りそうな声で「覚えきれないので、スマホのメモ帳にメモをします」と申し上げましたら、先ほどとは一転、「あなたのその救いを求める姿に心を打たれました」と一生懸命覚えた台本なのだろうと感じざるを得ない口調で。
 とりあえずあまり期待せずに大学の事務に救いを求めるメールをしました。すると、普段の仕事の遅さからは想像もできない速さで大学に常駐している警備員が派遣され、敬虔な彼女らからようやく解放されました。また当日中に大学の学務情報システムに注意喚起の文書が掲載され、そのうえ大学周辺にも警備員が配置されました。

 宗教の勧誘は初めてでしたので最初はとても怖かったのですが、彼女らの語り口が、学芸会で生徒に懇願されてクラスの演劇に出演した物静かな担任の先生のようだったので、途中から妙に落ち着いて助けを呼べました。みなさま、世界史は忘れても、スマートフォンは忘れずに。ところで、渡されたパンフレットはどうしよう......

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結衣
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