イギリス生活あれこれ(2): 「チェーン」問題

イギリスでの不便なことシリーズ。

「チェーン」制度  ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(本当は星一つもあげたくない。)

イギリスで家を買いたいと思っている。

まだ家を買った経験はないが、日本もイギリスも家(一軒家でも、アパートでも)を買うプロセスは概ね同じようである。日本でいうSUUMOのようなウェブサイトでウィンドウ・ショッピングをして、興味のある地域の大体の相場を理解する。良い物件を見つけたら不動産屋さんに連絡を取って現地まで見に行く。買うと決めたら、土地・建物の調査をしてもらい、銀行からお金を借りて(現金で買えたら…は夢のまた夢)、契約書に署名して、買う。

ただ、いくつか大きな違いがある。

  1. 中古物件の人気が高い(値段も高い)。これについては以前の記事でも少し触れた。「今度家を買うんだ」という話を聞いたら、基本的に中古物件を買うと理解して間違いない。私の周りで新築を買ったのは一組のカップルしか知らない。(私たちも古いお家を買いたいのだが、日本人の友人に「古いお家を買いたんだよね」とポロっと言ったところ、そんなにお金がないのかと真剣に心配されたことがある。)

  2. 「チェーン」という仕組みがあって、「チェーン」全体で売買が同時に成立しなければならない。これが大問題。

先ほども書いたように、イギリスでの家の売買は中古物件が基本。そして一生の中で複数回家の買い替え・住み替えをするのが一般的。買い替え・住み替えをする家を所有し売却時にそこに居住、かつ買おうとしている家に住居を移す場合、その人は「チェーン」(鎖、連鎖、とでも訳そうか)という仕組みの中にいる。

より分かりやすく書こうとしてここまで30分以上使ったのに、私の執筆能力では不十分で結局下書きしたものを全て消す羽目になったので、例を使って説明することにする:

  • 一軒家aを所有・一人暮らししていたAおばあちゃんは病気で亡くなってしまった。Aおばあちゃんのご親族が一軒家aを売りに出している。

  • お庭付きのテラスハウス(長屋)bを所有・居住しているカップルBは、もうすぐ子どもが家族に加わるので一軒家aを買って広い家に住みたい。

  • アパートcを所有・居住しているカップルCは、もう少し広いスペースが欲しくてガーデニングも始めたいので、テラスハウスbを買いたい。

  • 賃貸で暮らしているDさんは、自分の家を持ちたいので手軽なサイズのアパートcを買いたい。

この例では、カップルBとカップルCは既に物件を所有してそこに住んでいるので、「チェーン」の中にいることになる。そして「チェーン」の中にいる人が売り手又は買い手として含まれている場合、関連する一連の物件全ての売買が文字通り「同時に」行わなければならない。つまり、(1)カップルBが一軒家aを買うこと、(2)カップルCがテラスハウスbを買うこと、(3)Dさんがアパートcを買うこと、が全部同時に成立することが必要なのである。

何が問題なのか。売買が成立する前には土地や建物の調査をする訳で、例えばカップルBは一軒家aの調査に満足、Dさんアパートcの調査に満足している。ただカップルCはテラスハウスbのお庭の状態がお気に召さない。そうすると売買成立予定日の前日であったとしても、カップルCは「やっぱりやめた、テラスハウスbは買わない」と言って退場することができる。これによってカップルBが一軒家aを買うこともできなければ、Dさんもアパートcを買うこともできなくなる。…そんな、まさか。

酷いのは、退場理由は何でも良い、ということである。売買成立予定日の前日に、超リッチなXさんが現れて一軒家aを3倍の値段で買いたいと言ったら、Aおばあちゃんのご親族はそれを理由に退場することができる。そうするとカップルBは買う家がなくなり、結果としてカップルCもテラスハウスbを買えず、Dさんもアパートcを買えない。これはもう開いた口が塞がらない。

(注:仮にDさんが一軒家aを買うということであれば、Aおばあちゃんの一軒家aもDさんも「チェーン」に組み込まれていないので「チェーン・フリー」の案件となって単にDさんが一軒家aを買うための作業をすればよい。それでもまだスーパーリッチX登場の可能性はある。)

こんなことがあっていいのか。私の友人カップルは、この「チェーン」制度のせいで家の売買がここ1年ほどで3回頓挫している(最新の売買もかれこれ4、5ヶ月の長丁場でまだ完了していない)。風見鶏的に行動する人の気まぐれで、人生を左右するようなお買い物が振り回されていいのか。イギリス生まれイギリス育ちの私のパートナーくんに、この「チェーン」制度は酷いこと極まりないとある日ぶつぶつと文句を言っていた(毎日私の文句の議題は変わるが、その日は「チェーン」制度に怒っていたのだ)。ただ彼からすると、「チェーン」制度は面倒だけれども必要だと思っているらしい。

その昔、人々が住居数の限られた村に住んでいた時代。買い替え・住み替えの際にはこの「チェーン」制度によって一連の売買が同時に成立するおかげで、お引越しの際に「1週間は家がないからホテルに泊まる」のようないわゆる「ホームレス状態」が生まれないのだという。つまり先ほどの二番目の例で行くと、スーパーお金持ちXの登場でカップルBは買う家がなくなったのにカップルCがテラスハウスbを買ってしまったら、カップルBはテラスハウスbを明け渡さなくてはいけないのにもかかわらず行くところがなくて可哀想ではないか、ということである。

それは分かる。頭では分かる。昔は実際に手軽に泊まれるホテルやお引越し荷物の管理場所も少なかっただろうから、「チェーン」制度ができた理由は百歩譲って理解する。でも、さすがに…今はさすがに勝手が違う、と思う。個人的に「チェーン」制度を放棄するような仕組みがあっても良さそうなのに、と思う。でもイギリスらしく、そういうわけにはいかないらしい。みんな「チェーン」制度にはぶつぶつ文句を言いながらも、それはそれとして受け止めて何とかやっている。それだけに家の売買が成立したときは、飛び上がりたいほどの喜びと座り込みたいほっとした気分が混ざるようだ。

私たちが家を買うときの「チェーン」にいる方々はお願いだから良い人でありますように、と今から祈っている。

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