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ノマドになりたいHSS型HSP 英語のオンライン講師と性教育のパーソナルコーチをやってみたいかもとふと思う
1月1日、朝起きて「今年は稼ぐぞ」という考えがふと浮かんできた。
親族の集まりに参加するわけでもない私は、前日の豚汁に餅を入れてなんとなく正月気分を味わいつつ、朝からオンライン英会話のレッスンを受けていて、
「肉食の人々がヴィーガンの人々に対して恐れを抱いている」という記事に対して、「肉食を選択しつづけることが無自覚に国境を超えた他者影響を与える」という話を英語で説明しようと四苦八苦していた。
先生が、「あなたはまた思考がどんどん膨らんでいってるわね」とぽつりとつぶやいた時に、ハッとなった。
そうだった。私が考えていることは『なんでそこまで考えるの?』と言われることが多い、基本的にかなりマニアックなことなんだ。
最近、ちらちらと国連機関の求人が気になっていて、
国連自体が実際どれだけ機能しているかは置いておいて、公平公正であろうとするスタンスに対して、私は興味を惹かれる傾向があるんだなと気が付いた。
教員として働いていた時も、
世の中全体の公平公正さと繋がっていることに意義を感じていた。
私が大切だと思うこと、こだわれるところは全体の利益になるか、公平公正かということ。
2年かけて、40数年分のトラウマ記憶の処理をしてきた。混迷を極めていた子どもとの関係も落ち着いてきた。多分だいぶ癒えたからなのか、ずっとやってきた性教育を、もう一度仕事としてやってみたいかもという気持ちがふと浮かんできた。
前もっていた性教育に対する強いこだわりは、もちろん社会全体の利益につながっているし、傾きすぎた天秤をフラットに戻そうとする試みでもあったのだけれど、
自分の傷が癒えていなかったことに起因する、傷由来のエンジンで、ある意味自傷行為やマスターベーションに近いものがあったのも事実。
トラウマ治療を終えた今は、癒す傷がなくなり、傷由来のエンジンが消えた状態。
今は、『人が最大限自分らしく人生を謳歌する』ことに強い関心がある。
『性』は日本だけじゃなく、為政者が民の行動をコントロールする目的でつかう常用手段。性的に抑圧されている人口は大きい。
まだ、「ほんとかな?ちょっと落ち着こう」と思ってる段階で、とりあえず3日くらい寝かせるつもりなんだけど、
今頭の中にあるステップは2段階かなって思ってて、
①まずは心身の健康、将来の可能性や人権を守る段階
②性の多様性を知り、コミュニケーションを通して自分の性の可能性拓いていく段階
これ、私の中にネタたくさんあるし、日本の性教育はほんとヤバいから意識の高い層の需要はあるし、プライベートな空間でのセッションになるからオンラインの仕事としてもちょうどいいし、コンテンツビジネスとも相性がいいんじゃないかな。まだよくわからないけど…。
色んな国の性の事情、性教育の在り方とか、英語を活用して調査して、
ブログで書いたら面白い。旅自体を仕事にすることができる。ノマド生活との相性もよい。
英語のコーチになることについて考えると、
『自分の英語スキルを上げたい』気持ちはあるものの、
『TOEICに全振りするのは違う』
『MXTX作品のリーディングはやりたい。friendsをつかったレッスンもやりたい』
今、全リソースを英語コーチに注ぐことになんか戸惑いがある。
とりあえず、やってみるとまた見えてくるものがあるから、TEFLのコースを再開するメールを送ってみよう。
『英語を使えるならオフィスワークでもいいのか?』と考えながら求人をみていると、
『国連とかで働けるなら話は別だけど、オフィスワークはやっぱり違う』という考えがふと浮かぶ。
どちらにせよ、雇われない働き方もできるように今なっておきたいから、英語力を上げる仕組みを日常に取り込んで、フリーランスで生計が立てられるようになる。それから、考えればいい。
こないだスウェーデンとオランダに行ったときに、彼らの性教育の在り方すごく面白かったし。性に対する姿勢って、その人、その国の成熟度、価値観が出るからすごく面白いんだよね。
メインを性教育のコーチ、サブで英語のオンライン講師、この塩梅が、今はちょうどいいかも。