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最後の段ボール

今日、田町から吉祥寺に引っ越した。

田町の芝浦と呼ばれる海側エリアに住んでいた。
埋立地だからか、道幅が広くて清潔で。
都会的なのに開放的な場所だった。
窓から流れる運河を眺めて暮らしたい。
そんな理由で選んだ六畳一間の一人暮らし。

いい街だった。ここで暮らすのが好きだった。
だから写真もうまく厳選できない。
さらに歩いてレインボーブリッジに行けること、
そこが散歩にちょうどいいことを後から知った。

住んでいる街には、その時の記憶がこびりつく。
企画が思いつかず散歩したレインボーブリッジ。
盛大な飲み会の後に吐いた高架線下。
好きだった人と縁を切ったあの日。
母からの電話相談に何度も乗ったベランダ。
さみしいって贅沢だと思った夜の並木道。

田町で一人暮らしをしたこの2年間は、
本当に色んなことがあった。
そのすべてが大切だけれど。
ひとつも忘れたくなんてないのだけれど。

ずっとここにはいられない。
今年は生まれなおしだって決めたから。
ごめんね、もう行かなきゃ。

転居先を吉祥寺にした理由はいくつかある。

国立でお手伝いをしている桜守の活動が
田町だとアクセス悪いので近くにいきたいとか。
昨年からジブリが突然気になりだして
ジブリ美術館の近くの土地に住みたいとか。
人ではなく自然ともっとつながるために
今でも原生林が残る井の頭公園に惹かれるとか。

でもこれって理由は特にないのかもしれない。
あるのは、ちょっとした空想と予感だけ。

そんな不確かな直感を頼りに
わざわざ会社から離れた地に住んで
わざわざ高い家賃を払うことにした。
これまでの自分だったら考えられない。
それがなんだか妙に可笑しくて
昨晩荷物をまとめながら笑ってしまった。

深夜1時ごろにまとめた最後の段ボール。
中身は洗面用具と薬とフィルムカメラだった。
人が本来、健やかに生きていくのには
段ボール1個あれば十分なのかもしれない。
そんなことをふと思った。

そうして今朝はじまった引っ越しは
初めて引越し業者にお願いしたのだけれど
爽やかイケメンなお兄さんたちに見惚れるうちに
本当に、あっという間に終わってしまった。
感傷に浸る暇なんてぜんぜんなくて。
新居に並んだ段ボールたちを見渡して
情けなくきょとんとしてしまった。

思いがけず早く引っ越しが終わってしまったので
吉祥寺の家具屋さんを一通り見てまわる。
あまりの家具と人生の選択肢の多さに
混乱してしまって思わずカフェに逃げ込んだ。

想像した以上に騒がしい未来が僕を待っている。

店内に入った僕の不安を見透かすように
スピッツが歌って励ましてくれた。

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