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chatGPTの進化エグすぎてよく分からんから、今日も記事を書く
chatGPTは仕事を奪うっていうけど、実際どうなのだろう。
そんな思いで、chatGPTについての本を読んでみた。
「ChatGPTは神か悪魔か」
使い方ではなく、chatGPTが今後どのように世界を変えていくのか。という視点で書かれた本。
読んでみて思ったのは、chatGPTを使えばもっと自分のやりたい事に挑戦できそうだということだ。
進化したAIにできないことはないのではないか。
chatGPTは、PCで行なっていた作業なら大体できそうだ。
卒論や、プレゼン資料などを実際にAIで書く人は今後もどんどん増えていくのだろう。
さらには、デザインなんかもAIでできてしまう。
落合陽一氏はこんな風に言っている。
これだけAIが発達してくるともはやAIにできないことをできる人間なんて、ほとんどいないのではないかと思います。
「クリエイティブ」ももはやない
クリエイティブとは何か。という定義によって変わると思うので、意見が分かれるとは思う。
けど確かに、クリエイティブとされるデザインですらAIができるのなら、
人間ができることってなんだろう。
誰にも予想がつかないのだから興味のあることをやるしかない
AIに奪われない仕事を予想するなんて無理ではないだろうか。
2023年でもAIはすごいのに、2年くらいでさらに直角的に進化するらしい。
最早この先どんなことができるのか予想がつかない。
だから大事なのは、自分が興味を持てることにトライすることだと思う。
頭で考えたって、この先どうなるかなんてどうせ分からない。
それならば予想することを諦めて興味があること、直感に従って生きることが大事なのではないだろうか。
記事を書きたいから書く
先日こんな事を言っている人がいた。
エンジニアの知り合いだ。
「新しい技術を学ぼうと思っているんだけど、chatGPTがあるから勉強する意味ないかなって思ってるんだよね。」
でもそんなことを言っていたら、もはや何もできないのではないか。
chatGPTに代替されるからやらない。勉強しない。
でもchatGPTで代替できないことはないのだから、その人はこれから先何もできないことになる。
損得とかは置いといて、やってみたいかどうか。
記事を書きたいから書く。
AIではない自分がそう思っているということに価値があると思う。
chatGPTがやってくれることは任せよう
とはいえchatGPTは便利だから、使ってみると世界が広がる。
例えばブログなら、
・タイトルが思いつかない
・構成考える時間がない
・誤字脱字のチェックが面倒
みたいな時はchatGPTに相談すれば叩き台をくれるのだから、うまく利用すると執筆が楽になる気がする。
その分自分のやりたい、本文を書くことに時間を使う。
バナーに凝りたいから、そちらに時間を使う。
写真をとってみたい。etc
苦手なことはAIに任せて、やりたいことに時間を使えるともっと楽しくなりそうだ。
chatGPTは基本無料だし、30秒ほどで利用できるのだからやらない手はない。
エンジニアとして仕事をする上でも、chatGPTのおかげでストレスが結構減った。
chatGPTは仕事を楽にする
頭で考えがちな自分は、chatGPTを利用したのもごく最近だ。
どうしても仕事に行き詰まって、必要に駆られて利用した。
実際使ってみると、シンプルさ。便利さ。効果に素直に驚いた。
仕事も無事進んだ。
仕事の中で、苦手だと思っていることは誰にでもあると思う。
一つ苦手があるだけで、気が重くなったり、仕事が嫌になったり。
その部分をAIに任せれば、ストレスがかなり減ることを実感した。
chatGPTをうまく利用できれば、今よりも楽しく仕事ができるかもしれない。
まとめ
chatGPTは今後さらに進化するらしい。
仕事がなくなるかも。と不安になるのではなくて、
どうやって活かすか。と考えると楽しくなりそうだ。
記事を書きたいから書く
勉強したいから勉強する
旅に行きたいから旅に行く
やりたいことを、もっと楽にするためにchatGPTを使いたい。
気軽に相談できるツールがあるということは、今までよりも気軽に未知の領域にトライできる。
AIに代替されるからやらない。なんて勿体無い。