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【2月27日判決】安優香さん裁判への署名運動、最後の提出。11万人の社会的関心を示す「証拠」に

最後の署名提出

筆者は2月15日、大阪地裁で係争中の聴覚障害児の逸失利益をめぐる裁判で、原告である遺族と大阪聴力障害者協会により、公正な判決を求める署名の最終分が提出される様子を見届けた。2月27日の判決を前に、紙署名545人、電子署名103人の合わせて648人分が提出。累計11万5197人となった。

大阪地裁民事15部の受付カウンターで、裁判所職員3人の前で、大阪聴力障害者協会の大竹浩司会長が手話で、2021年5月から1年以上にわたって続けてきた署名提出もこれで最後になる旨を伝えた。「聞こえなくても手話やUDトークでコミュニケーションを取れる。裁判所には逸失利益をきちんと計算してもらいたい」。大阪聴力障害者協会はそんなメッセージを、署名運動に加えて、傍聴席を埋めることや法廷内での手話やUDトークの導入を裁判所に要望して実現することで示してきた。

事故死した井出安優香さんの父、努さんは、「この裁判は人権差別」「お金のうんぬんではない」「過去の判例にとらわれず、今の現状を見て正しい判断をしてもらいたい」。そして安優香さんの母、さつ美さんが「この署名はみなさんの大切な声。裁判官に渡してほしい」と署名用紙の入った封筒を職員に手渡した。

民放テレビ局4社が報道

MBS毎日放送は、井出努さんの「判決が良い前例として残ったらいいな」という言葉を伝えた。

ABC放送は、さつ美さんの「『これは差別だろう』『おかしいだろう』と憤ってくださった方がこんなにたくさん全国にいらっしゃるんだと、本当に救われました」という言葉、努さんの「過去の判例にとらわれず、本当に今の現状をみて、正しい判断をしてもらいたい」という言葉を伝えた。

読売テレビは、さつ美さんの「想像もしていなかった11万筆以上の署名が集まり、これは差別だろと、おかしいだろうと、私たちの味方が全国にこんなにたくさんいらっしゃるんだと。気持ちが本当に救われました」という言葉、努さんの「(裁判所には)過去の判例にとらわれず、今の現状を見て正しい判断をしてもらいたい」という言葉を伝えた。

関西テレビは、安優香さんの生前の動画も流し、努さんの「人として、これはおかしいだろうと思う方、これだけの人数の署名が集まりました。お金のうんぬんではなくて、これまで11年間、娘が頑張ってきた。大切な娘の命を奪われて、差別的なことを言われて、黙っておれる親っていますか」という言葉を伝えた。

「過当な負担」濫用で払い渋りの歴史

損害賠償の公平な負担の認識や範囲が争いとなっている。事故の加害者側は「過当な負担」になるまで払うことはないとされている。だが被告側は、逸失利益で聴覚障害者ではなく全労働者の平均収入を根拠とする基礎収入を認定することが「過当な負担」と主張。「将来得られたかどうか、高度の蓋然性に疑いのある金額まで認定すると、加害者側に過当な負担を迫ることになる。原告は過剰に個の尊厳や平等を強調して過当な負担を迫っている」(2022年2月被告側準備書面)

何が「過当な負担」か曖昧ゆえ裁判で争点になるのだが、「過当な負担」濫用で障害児者への賠償金払い渋りの歴史があった。保険会社のモラルの問題も背景にあった。これまでに障害児者への逸失利益が一般同等に認められた判例は殆どないのが現実。聴覚障害者の平均年収(294万円)を根拠に逸失利益を計算すると、一般の平均年収(497万円)の6割。被告側は当初は逸失利益について、より遺族側に厳しい基準で「一般女性の平均年収の4割」を根拠にすべきと主張しており、21年9月に「聴覚障害者の平均年収」に上方修正したという経緯があった。

加害者である運転手やその元雇用主の建設会社(小林建設工業)も「保険会社(裁判資料によると三井住友海上保険)のやり方はおかしい、相手側も納得する分だけ払う」と表明することなく、少なくとも加害者側からそのような意思表示をした証拠は提出されていない。筆者はまた、12月20日の記事で建設会社の資産状況が苦しいことについて触れたが、裁判では焦点になっていない。

「被害者の将来の可能性を奪ったのは誰か、という厳然たる事実が看過されている。被害者の将来の発展可能性や、今後どのように能力を発展させていくことができたかを実証する機会を奪っておきながら、被告らが、被害者側が高度の蓋然性を持って証明すべき、と求めるのは不当」(2022年4月原告側準備書面)、「裁判所は未成年者については実質的には高度の蓋然性よりも可能性をもって判断してきた」(2021年7月原告側準備書面)と原告弁護団は反論。

裁判所からの和解案の提示もなく、2022年11月に結審し、判決言い渡しへと進むことになった。

11万人の署名運動とは何だったのか

それにしても、「難しい、わからない」といわれる領域の問題について、聴覚障害者団体が動き、全国から11万人の署名が集まった事実はインパクトが大きい。決して署名を集めたもの勝ちにはならないが、社会的関心の高さを示す「証拠」となった。

日本の聴覚障害者人口は29万人程度(2016年厚労省調査)。署名した11万人のうち聴覚障害の人の割合は定かではないが、少なくない数の聴覚障害の人が、判決を待たずして逸失利益の減額に反対する意思表示を署名という形で行ったのは事実。署名を呼びかけた支援者は、問題を知ってもらうために、事実関係や争点をわかりやすく示した。これでアクションを起こすハードルは低くなっていたとみられる。

従来、交通事故は発生時に新聞・テレビでベタ記事として扱われても、その後の民事裁判になると個人的な損害賠償問題として扱われ、報道されることは殆どなかった。障害があると逸失利益が減額やゼロということを知っているのは保険実務者と法律家のみで、それ以外の人は自らが被害者になって初めて知り、ショックを受けることになっていた。

井出さんの声が最初にメディアに出たのは、裁判が始まって1年ほど経った2021年2月8日、朝日新聞デジタルの約1200字と写真4枚の記事。努さんは取材を受けた当時を、「係争中ということで制約は多かったが、取り上げてほしいと各社に働きかけた」「なんとか状況をひっくり返せないか、と思っていた」と振り返る。

大阪聴力障害者協会の今西伸行事務局長は、筆者のオンライン取材に「判例を作ってしまうと、同じような問題があった時に同じようにされてしまう」「差別問題を少しでも多くの人に知ってもらう手段として、署名運動を行った」「目標数をはるかに超える署名数だったので、喜びのほうが大きかった」と語った。「それまで同協会とのつながりはあまりなかった遺族も、仲間がたくさんいることに驚いていた」という。多くの人が裁判支援に携わるようになり、それまでより大きな法廷で審理が行われるようになった。筆者が「署名運動を行っていなかったら、裁判所は逸失利益を一般同等に認めることに消極的になっていきそうだったか?」と尋ねると、今西氏は「それは想像できる」と答えた。

ネットでは被告側に同調する意見も

署名運動が報道されるにつれ、インターネットの大手ニュースサイトやテレビ局の公式Youtubeでは「差別だ」「命を奪っておいて反省もない」とする意見も上がる一方で、被告側の主張に同調する意見や遺族・障害者一般へのバッシングも目立った。

Yahoo!ニュースのコメント欄では、「差別ではない」「(署名を利用して)数の暴力で法を揺るがそうとする姿勢はいかがなものか」などといったコメントも並んだ。

Yahoo!ニュースのコメントの1つ
Yahoo!ニュースのコメントの1つ

またYahoo!ニュースのコメント欄では、多くのケースで、こうしたコメントを肯定する「いいね!」を押した人の数がネガティブなボタンを押した人の数を上回る現象もみられた。

世の中には、こうしたコメント欄があたかも「ネット世論を形成している」かのような見方もある。しかし、そこで噴出する意見は往々にして障害者などに非寛容であり、社会的マイノリティの人権に関する主張を「わがまま」「感情的偏向」「被害者ビジネス」とみなす。「よく知らないで署名している」「気持ちはわかるが、こういうやり方は…」と「やり方の問題だ」と言って抑制しようとする物言い(これを「トーン・ポリシング」という)もみられる。それらが「世論を反映」したものであるとするならば、今の日本の社会の人権教育の実態を示しているのではないか、と問わずにはいられない。また情報リテラシーの観点でも、受け手はそれをあたかも「考慮すべき世論」であるかのような印象をもって受け取っていいのだろうか。

「数の暴力」で、他の誰かを脅かしたり声を上げづらくしてきたのは、一体誰だろうか。

一般同等に認められなければ長期化の可能性も

いまだにそれが差別にあたるかどうか、社会的合意がない日本。

2月27日、どのような判決になるのか。一般同等の逸失利益が認められなかった場合、遺族は控訴し、2020年から3年にわたった裁判がさらに長期化することも予想される。上級審、最高裁まで争われることになれば、署名運動も再開されるだろう。

追記・判決を前に各社が報道

2/21 産経新聞

2/22 朝日新聞

2/25 フリージャーナリスト・柳原三佳氏

2/21 Youtube「保険会社の不当交渉と闘うチャンネル」

2/24 関西テレビ・報道ランナー

2/27 MBS毎日放送

2/21 読売テレビ

2/27 読売テレビ


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長谷川祐子(長谷ゆう)/ライター・翻訳者・ジャーナリスト/「ノルマル17歳。」神戸自主上映会企画中
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