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【3月8日国際女性デー】難聴の女の子の将来の収入は健常者男性と差があるの?大阪地裁判決をめぐって

私は2月27日大阪地裁で、聴覚障害(難聴)の11歳の女の子、井出安優香さんの交通事故死をめぐる裁判の判決を聞きました。これはニュースに大きく取り上げられ、社会的イシューとなりました。判決は安優香さんの「逸失利益」を「全労働者」の「85%」とし、被告側に約3700万円の損害賠償を命じました。

大阪地方裁判所(2月27日筆者撮影)

事故で亡くなった場合の損害賠償で、最も大きな割合を占める逸失利益。これは、事故にあわなければ将来得られた収入に基づいて金額が決まります。収入のない未成年者の場合は、平均収入で計算されます。しかしこれが、性別や障害の有無によって変わってくる現実があります。

つまり、同じ事故で亡くなった子どもの賠償額が、男の子は1億円、女の子は8000万円、耳の聴こえにくい女の子は2000万円、ということがありえるのです。

これは、現に男女や障害による収入格差があり、将来解消される可能性が不確実であるために、副次的に起きていることです。

男女別で言うと、現在、男の子は男性労働者の平均収入で、女の子は全労働者の平均収入で計算されます。男性労働者の平均収入は約550万円、全労働者の平均収入は約500万円です。

かつて女の子は、女性労働者の平均収入で計算されていましたが、それでは男の子に比べて賠償額をとても低くされてしまうことになっていました。「女性は家庭に」という時代が変わり、女性の職場進出が進むにつれ、最高裁は男女格差を是正する方向になり、今では女性労働者の平均収入(約380万円)よりも全労働者の平均収入で計算するに至っています。

私はそれを聞いて「もっと平等にするなら男の子も全労働者の平均収入で計算すべきでは」という疑問を持ちました。ですが、損害賠償制度の議論では、これまで得られた賠償額を下げる方向にするのでは被害者に酷であることで受け入られにくい、といわれています。そこで「男女平等にするならば、女の子も『今の社会で能力をベストに発揮できている』男性労働者の平均収入で計算すべき」と主張する専門家もいます。

大人の女性でも、専業主婦の場合、「逸失利益をゼロ」と計算されていた時代がありました。しかし今では専業主婦は「家事労働者」とみなされ、女性労働者の平均収入で計算することになっています。

障害がある子どもの場合は、将来働ける見込みがないとされて「逸失利益をゼロ」と計算されていたことがかなり多くありました。しかし、障害者雇用の促進により、障害児にも逸失利益を認める流れが最近ようやくできてきているところです。

大阪地裁での裁判では、安優香さんの逸失利益を、遺族側は全労働者の平均収入で計算すべきと主張していました。被告の運転手側弁護士は当初、「聴覚障害ゆえに就職が困難」という理由で「女性労働者の平均収入の40%で計算する」ように主張していましたが、遺族や聴覚障害者団体が「差別だ」と猛反発し、「聴覚障害者の平均収入で計算する」と修正していました。聴覚障害者の平均収入は約294万円で、全労働者の平均収入の6割程度にとどまります。

そして判決は、安優香さんの逸失利益は「全労働者の85%」。判決理由は、「年齢に応じた学力を身につけており、将来様々な就労可能性があった」が、しかしながら「聴力データからコミュニケーションが制限され、労働能力が制限されうる可能性自体は否定できない」とされました。ただ、「聴覚障害者の大学進学率が上昇傾向にあり、手話通訳やUDトーク(音声認識アプリ)といった技術の進展がみられ、将来的に聴覚障害者の平均収入は現在よりは高くなることが予測できる」とも述べていました。

逸失利益が一般並みに認められず15%減額されたことで、遺族や聴覚障害者団体は「差別を認める判決」と批判しています。ですが、当事者の思いやそれを支援する聴覚障害コミュニティの連帯があり、安優香さんより重い難聴の女性の弁護士も入った弁護団が立証を模索し、裁判所が事実認定を模索したことで、85%まで認められた、と見ることもできます。

判例が重ねられることで格差が是正されてきた、という側面はあります。今後はどのように変わっていくでしょうか。

そして何より、ダイバーシティが今より尊重されるようになった将来の社会で、安優香さんが活躍できた可能性が、事故により奪われたことは、とても重いことです。

安優香さんが生きていれば大人になっていた頃には、男女や障害による格差は、どこまで是正されているでしょうか。

2022年の国連の予測では、法的保護での男女格差(損害賠償額もその例ですね)を解消するのに最長で286年、職場で女性が男性と同等に幹部職を占めるには140年、各国議会で男女の議員数が平等になるには少なくとも40年かかると見積もられています。

女性であり、障害があると、さらに深刻な影響を受けることになります。女性であることと、障害があることで、差別を受けることを複合差別といいます。障害者権利条約には、「障害のある女性への複合差別をなくす」項目があります。

社会的マイノリティとなる属性には、女性や障害があることの他にも、性自認、性的志向、人種など多様です。2つの属性が複合的に絡み合うことを、ダブルマイノリティ、インターセクショナリティといいます。3つ以上の属性が複雑にからみ合い、多重マイノリティとなることもあります。マイノリティ性が重なれば重なるほど、社会の壁は厚くなります。

私は、女性であり、発達障害であるというインターセクショナリティがあります。それゆえにつらさや悔しさがありました。でも、だからこそ見える世界があります。その視点で社会課題を発見し、発信しています。

3月8日は国際女性デーです。

3月8日追記・
ちなみに、発達障害者の平均収入は年収にして約152万円で、これは安優香さん裁判の当初の被告側主張だった「女性労働者の平均収入の40%(約152万円)」とほぼ同額です。

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長谷川祐子(長谷ゆう)/ライター・翻訳者・ジャーナリスト/「ノルマル17歳。」神戸自主上映会企画中
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