「直感」文学 *幸せにおいて*
黒い蝶をみた。
漆黒の羽に埋もれるのは、その影を表すようで、汚らしいものも全て呑み込んでしまった結果のように思えた。
「人はきっとさ、歳を重ねる度に、いろいろな汚いものを吸収していくんだよね。だから人は段々と黒くなっていくんじゃないかな」
そう言っていた彼とは1年も前に別れてしまったけど、不意にそんな言葉を思い出した。
「汚い、って言っても悪い意味だけじゃない。それは今後生きて行くために必要なものでもあるから、その悪いことを吸収することは、良いことでもあるんだとは思うけど」
私はただうなずくことしか出来ないでいた。彼の言うことを理解出来ない訳ではないけれど、そんなことはこれまで考えてもいなかったし、おそらくこの先も考えないような気がした。
「なあ、君はそういうことを考えたりしない?俺は思うんだけど、これから真剣に生きていくには、こういったことを考えた方がいいと思うんだ。幸せになりたいなんて言う人はたくさんいるけど、実際に幸せになる努力をする人は少ないよな。みんな他力なんだよ。誰かが幸せにしてくれるって、どこかで安易に願ってる。……そんなの、傲慢だよ。自分の思考をフル回転させないことには、幸せになんてなれるはずなんかないのに」
私は何も言うことが出来ないまま、ただ彼の顔を見つめるだけだった。
それが直接的な原因なのかどうか、今となっては考えるのも嫌だ。だけど彼は私に愛想を尽かして別れを告げた。私はめいっぱいに泣いたけれど、そんな涙は何の効力も持たなかった。
「どうしたら幸せになれると思う?」
今彼にそんな質問をされたら、私は何と返せるだろうか。今も昔も何も変わっていない。彼からしてみれば、私は何も考えていない、他力で幸せを願っている大多数の一人の女なんだと思う。彼だって、そんな私の意見に大して期待もしていないだろうし、最初から聞いてだっていないのかもしれない。
黒い蝶が飛ぶ。真っ黒な羽をばたばたとばたつかせて。
「分かんないよ、そんなの」
私は当てつけのように、蝶に言葉を吐く。そして蝶はまた少し、黒さを増したように見えた。そしていつの間にか、私の元から消えてしまったのだった。
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