あくまでもヘッダー

『短編小説』最終回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日の日常。 /全4回

 そう、彼女との思い出はただそれだけだった。
 ただの一回、そのようにして昼食を摂っただけだ。そしてそれから数日後の今日、つまり今。それらは全く同じようなシチュエーションで三枝千奈美は俺に声を掛けた。
「ねえ、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。サエグサチナミだろ?」と俺は言って、彼女は「よく覚えてんじゃん」と少し嬉しそうな顔をした。それから「ねえ、授業って本当につまらない。何か、楽しいことがしたい」と言葉を続けてきたから、俺と彼女はその講義を抜け出して、キャンパス内をあてもなくうろついていた。春になったばかりの陽気のいい季節でなかったら、俺はすぐにでも家に帰るか、もしくは講義に戻っていたんではないかと思う。しかしながらそこに留まったのは、やはり気候が随分と良かったからなんではないかと思った。
「ねえ、何する?」
少し前を歩いていた三枝千奈美が振り返ってそう聞いてきた。「別になんだっていい」と俺は答えた。
 さすがにここでセックスをしたい、などとは言えなかった。いや、正確には言ってみてもよかったのだが、それはあまり面白味のあるものではなかった。そんなことを考えている中、俺には一つの案が浮かび、それを実行するべきなのかもしれないと、一種の使命感みたいなものを感じていた。俺自身が、〝本当に〟三枝千奈美という女を好きになる、という過程だ。
 それを思い付いた時、あまりにも下らないと思えた。自分のその思い付きは、自分の脳みその堕落を強く感じさせた。しかし、それと同時に好奇心も沸いた。俺が、〝本当の意味で〟この女を好きになったとしたら、それはとても面白いことなのではないか、と。
 だから俺はもう少し、この女と一緒にいるという選択をした。そして、あわよくばセックスをするという思考を完全に消し去った。もし、この女を本当に好きになる時が来たとしたならば、その時にセックスをしようと思えた。俺にとってその想像はとても高貴なものに思えた。好きな女と、自然の成り行きのなかでセックスをする。欲望が剥き出しになった汚れた感情ではなく、それはあくまでも自然に、お互いがお互いに体を寄せ合って、自然の中で挿入という行為に及ぶ。その奇跡のような過程で起こる、奇跡のような過程に、少し目がくらみもした。
「ねえ、どうしようか?」
三枝千奈美はまた俺にそう問いかけ、俺は、この女をもう一度、女として見てみようかと、改めて考え直しているのであった。
 気候がよくなければそんなこと考えもしないだろう、その日に。あくまで自然の中のセックスを見てみたいと思っていただけだった。
「君のことが好きかもしれない」
俺の言葉は、春に吹く強い風に流されたけど、三枝千奈美にまで届いただろうか。

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