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長編小説『because』 54

「なにー?出掛けるの?」
洗面所から少し大きな声で彼に問いかけた。
「そうだよ!」
少し大きな彼の声が耳に届くと、私の頬が少し緩んだ。いくら顔を水で流そうと、その笑みだけはどうしても流す事ができない。
 一通りの身支度を整えた頃、時計は十時を回っていた。その間彼は、ソファに座り雑誌を読みながらコーヒーを啜っていた。彼の周りをバタバタと歩き回る私に対して、彼はそのソファから一度も腰を上げていない。彼の前に立つと雑誌を開いたまま、私を見上げた。
「準備出来た?」
「うん」と私が言うと、「じゃあ、行こうか」と言って閉じた雑誌をテーブルに置き立ち上がった。私は今日これから自分がどこに行くのかなんて知らない。
 家のドアを閉め、彼が鍵を閉めた。朝の空気が美味しいなんて思ったのは初めてだったから、
「朝って気持ちいいね」
と私が言うと
「もう十時半だよ」
と彼が言った。
「十時半って朝でしょ?」
と続けると
「そうかな。それは人によるのかもね」
と彼が言った。相変わらず優しい声だった。
マンションのエレベーターに”点検中”という札が貼られ、一階に止まったままだったから、私たちは連れ立って階段を下り、地面に足がつくと空から差す光を体全身で感じた。

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