『短編連載』そのソファ 第9回/全10回
「なんでですか?って小さな声で聞いたの。そしたら、あなたの彼はどうしてもこのソファを欲しがってるからって言うの。全然意味が分からなかったし、私たちはダイニングテーブルを買いに行ってたはずじゃない?だからそれは無理です、ソファを置ける程広い家じゃないんですって言ったら、私ももう長くないからって」
「長くない?……っていうか、あの時お金を払ったじゃないか」
「このソファがうちに届いた時ね、あなたは家にいなかったじゃない?その時に十万円も入っていたのよ。このソファと一緒に」
「え、ちょっと待って。このソファを貰ったとしても、そんなおばあさんのよく分かんない言葉をカナは信じたの?」
「もちろん信じられなかったけど、彼が欲しがってるなんて言うから、……じゃあって」
「僕は散々反対してたと思うけど」
「今は気に入ってるじゃない」
「それは……」
「それにあのおばあさん本当に死んじゃったみたい。このソファを買ってすぐに」
「それは……偶然じゃないの?」
「そうかもしれないけど、……でも私はこれでよかったんじゃないかって、今はそう思ってる」
「まあ……」
僕は何と言ったらいいのか分からなくなった。結局そのおばあさんの最後の営業トークにも思えるけれど、何にせよ僕が今このソファを気に入っていることは紛れもない事実だ。
「ずっと考えてたんだけど、やっぱりこれでよかったんだって思ったから言ってみたの」
「そう……、だったんだ」
そんなことを言いながらも、僕はやっぱりこのソファに座っている。どんなに深く座っても相変わらずひび割れもしない皮の、焦げ茶色のソファ。
「これはなかなか捨てられないね」
僕がそう言うと
「そうね」
とカナが言って、僕の隣に腰を下ろした。
「ねえ、もう少し広い部屋に引っ越そうか?それで今度こそダイニングテーブルを買おう」
カナは少しだけ笑って「そうね」と言った。
※短編集『落としたのはある風景の中で』より
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