『短編』再会 第3回 /全4回
時計は十一時を指していた。さっきから頻繁にドリンクバーに立つ男性が気になる。何度も注いでは、またすぐに注ぎに来ていた。席に座ってひたすらノートパソコンに向かっているが、何をやっているのかは分からない。二十代半ばだろうか。少なくとも僕よりは若く見えた。あんまり変わらないけど。
「ちょっと、さっきからぼーっとしてるよ。眠いの?」
「……あ、いや、ごめん」
さっきから謝ってばかりだ。今僕は、なんで彼女をこんな時間にここに呼び出したのか自分でも分からなくなっていた。だって、呼び出して彼女にやり直して欲しいって言うのか?確かに僕たちが別れたのは彼女が言った「別れよう」って言葉だったけど、もちろんそれだけじゃない。じゃあ僕は、何を彼女に求めようとしたのだろうか。もう一度声が聞きたくなった、もう一度会いたくなった。六年近く一緒にいた。とても気の置ける関係だったから。
「安心した場所に行きたくなったんでしょ?」
彼女は突然そう言った。
「安心」
「生きてると疲れるから。いろんなことがあるし。それでちょっと休憩したくなった。そんなとこでしょ」
そんな理由で、僕は彼女を呼び出したのだろうか。だとすれば身勝手過ぎる。……だけど、彼女の言うそれは正しいもののようにも思えた。昔からそうだ。僕の頭の中にあるもやっとした部分を景はいつも見える形にしてくれた。それそれ!と手を打ちたくなるくらい的確な助言は、景が僕のことをよく理解してくれている証でもあったし、僕はその瞬間に何より幸せを感じていた。
「でもそれって都合良すぎない?」
厳しい目つきを向けるけど、僕はその目つきから逃げてはいけなかった。
「まさかね。まさかだったよ。……康平を馬鹿にしてるんじゃないよ?でも、それはないって思ってた。そんなこと出来ないんじゃないかってさ」
僕は何も言えないでいた。
「もう終わったことだからね、そういうことも今なら言える」
「……ごめん」
「いいの、謝らなくて。もう、忘れたから」
景の言葉から、景の真意を探ることは出来なかった。今彼女が本当に求めていることはなんなのか。心理学を勉強していた大学時代にそれが分かると思っていたけど、実践でそう上手く使いこなせる人なんていない。彼女はテーブルの上で手を組み、真っ直ぐに僕を捉え、背筋を伸ばして座っていた。今すぐにでも帰りたいという訳でもない、だけど僕と一緒にいたいという訳でもない。彼女からかろうじて感じ取れるそれは、僕と真剣に話そうとする姿勢だった。そして、この場でしっかりと終わりにしようとしている、と僕は感じた。
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