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長編小説『because』 75

 インターホンの音が鳴り止むと同時に、さっきまで感じてた風の音とか洋服の擦れる音が聞こえなくなった。多分、今耳が受け入れようとする音はドアノブの傾くがちゃっという音だけで、その音を拾おうと私の意識がそこにだけ集中しているせいだろう。だけど、そのがちゃっという音が聞こえる事は一向になく、私の中の音は死んでしまったままだった。しびれを切らしたでんぱちがもう一度インターホンを押すと、ピンポーンという音が耳に届き、またその他の音が消えた。それでもやっぱりドアが開く音が聞こえてくる事はない。

「いないのか?」

でんぱちがやっと口を開き、その言葉を聞いた瞬間に風の音が耳に届き、洋服が擦れ合う音も蘇った。さっきの静寂が嘘のようにやかましく、私の心を大きく乱し続けるそれらの音に大きな苛立ちを感じ、今度は私がインターホンを押した。

「諦めろよ」

でんぱちのその声は確かに私に届いていたけれど、私はそれを受け取ったまま、何度も何度もインターホンを押した。いくら押そうが一定の速度でピンポーンと鳴るインターホンにさえ苛立ち私はその場に崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か?」

地に着いた私にでんぱちがそう声を掛ける。不思議な感情だった。普通であれば悲しいと純粋に言えるはずなのに、涙も出なければ、悲しいという感情さえ曖昧だ。じゃあ、私は今なんで崩れ落ちたのだろう。何度考えてみても、私は私の気持ちを見つける事が出来ず、下を向いたまま、流れ出る事なんてあり得そうにない涙を待ち続けていた。

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