長編小説『becase』 25
2DKの間取りは二人で住むのに丁度よかった。彼はもう少し広い部屋がいいと言ったけど、私たちの少ない給料で生活するとすれば、家賃もさして高くはないこの物件、この2DKが限界だと思う。私はあまり納得していない彼をなんとか説得し、この部屋に二人して越してきた。彼より一日だけ早くこの家に生活を移し、この家で過ごす初めての夜に私は独りでカップラーメンを啜った。
端から見れば、酷く寂しい光景に違いない。段ボールだけがやたら山積みになった殺風景な部屋で一人、床に座りながら女がカップラーメンを食べるなんて、男は見た事あるだろうか。そんな孤独の中にいたのに、私には寂しいなんて感情が浮かんでこない。それはきっと、これから始まる彼との生活以外の何も考えられなかったからだと思う。
彼から折り返しの電話があったのは、それから一時間も経った頃だった。
「ごめん、気付かなかったよ」
彼は少し慌てた様子でそう言った。電話を持つ彼の後ろには雑音が鳴り、電話を通してそれが私にもよく聞こえてきた。
「遅いよ。今どこにいるの?」
腹が立っていたけど、こんな事で一々怒る事はない。そんな些細な事にまで目を光らせていれば、この二人の生活なんてすぐに崩壊していたに違いない。私は、もしかしたら彼も、本当に自分の核に触れる怒り以外は閉じ込めたままにしている。
「今……いや、すぐに帰るよ」
電波が途切れたのかと思ったけど、多分違う。彼が今自分の居る場所を言い渋ったのだろう。彼自身が言い渋るような場所をわざわざ詮索する程、私は野暮じゃない。彼が言いたくないのであれば、あえて聞く必要がないし、彼が言いたい事であるならば、私はいくらでも耳を貸してあげる。私は出来る限りそういう姿勢を保つ事を心掛けている。やっぱりそれも、二人の平凡な生活に波を立てない一つの方法だと思っていたから。