長編小説『becase』 9
仕事を辞めた。
お茶を入れたり、コピーをとれる人間なんて他にいくらでもいるのだろう。私が出した辞表は難なく受け入れられ、二週間も過ぎれば私がこの会社に来る事も、おそらく一生なくなるのだろう。そして私の存在なんてこの会社にあったのかなかったのかも分からないまま消えていくんだ。
辞める事が決まっている会社での仕事は自分でも驚く程に身が入らず、私は何度もお茶をこぼしてしまったし、真っ白な面の紙を何度もコピーしてしまったりしていた。部長はその度に私に罵声を浴びせていたけど、その言葉には「こいつはもう辞めるからな」という感も含まれているように、以前のようなねばっこさというか、しつこさがなかった。さっぱりと怒られて、すぐに去って行くばかりだ。ねばっこい怒られ方なんて、そりゃいいものではないけれど、今となってはそのさっぱりとした怒られ方に少し寂しさも感じていたりする。いずれにしても、私はもうこの会社を辞めるのだ。怒られ方なんてどうでもいい。
「沙苗さん、会社辞めるんですか?」
後輩の美知が、随分と冷たい口調でそう問いかけてくる。もし、この子の事を知っていなければ、なんて冷たい物言いなのだなんて思うかもしれないけど、この美知という私より三つ歳が下の女の子はいつだってこうなのだ。感情が欠けてしまっている訳じゃないけど、それを表面に出す術を知らない。可哀想な子なんだ。
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