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長編小説『becase』 26

 電話は唐突に切れ、私の通話口からはツーツーと無機質な音があてもなく洩れていた。そこにはさっきまで溢れていた雑音も、もちろん彼の声だってなく、ただの冷たい機械音だけが私の鼓膜を震わせている。
 携帯電話をテーブルに置き、またソファに体を預け窓を眺めた。やっぱりそれが灰色の空であるのか、それとも窓自体が灰色になっているのか、その判断が難しくなってしまう程に、そこに映るのは一面の曖昧で、また、気分を害するような一色の色だけだった。

 彼が帰って来たのはそれから一時間と経たない頃で、丁度私が暖かいお茶を飲もうとして、やかんに水を注いでいる時だった。水が流れる音を聞きながら、遠くの方でドアの開く音が聞こえ、玄関に人の気配を感じた。それは確かに彼の気配であり、少しして、その彼が台所に通じる扉を開けて入ってくる。

「ごめん。遅くなっちゃったよ」
そう言って、いつ買ったのか分からない紺色のキャップを脱ぎ、テーブルに置いた。私たちが住み始めた時には、この家に存在していなかったキャップだ。

「遅いよー、どこに行ってたの?」
「いや、ちょっとね」

彼の行動範囲なんて狭いものだ。なんて事を私は知っている。休日の午前中、私の目が覚める頃、彼はいつも家にいなかったけど、そのほとんどをコンビニかもしくは近所のパチンコ店で過ごしている。私が一緒に行った訳ではないけど、帰ってくる時はいつもコンビニの名の入った白いビニール袋か、パチンコ店の名の入った茶色い紙袋を持っていた。
 何も持たずに帰って来る事もあったけど、それはきっとコンビニに目当ての物がなかったか、パチンコで負けた、と言う事なのだと勝手に思っている。だけど、今日彼はどこか違う場所に行っていたのではないかと私は思ってしまうのだ。
 別に違う場所に行っていたからといってどうなる訳ではないし、もちろん他の場所に行く事だってあるだろうと理解してあげたい気持ちはある。ただ、それは頭でだけ理解している事であって、それに反するように私の心は彼がどこに行っていたのかを、聞き出したくてしょうがない。きっと、いつもより長い時間外出していたという事と、電話をした時の彼の反応がそうさせるのだろう。

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