長編小説『because』 70
お店に一組のカップルが入ってきた。ウェイトレスの女性の「いらっしゃいませ」という言葉が店内に鳴り、そのカップルが何か会話をしている訳ではないけれど、店内が少し賑やかになった。そして店内にいる私たちの存在が少しだけ薄まり、緊張の糸が緩んだ。
「あいつとは長いんですか?」
その人は私に気を遣うように話し掛けてくる。私はその流れ出す言葉に乗る事ができず、彼のようにするりと言葉を返す事ができない。必ずワンクッション置き、一呼吸してから、やっとの思いで言葉を返した。
「そうですね。長いと言えば長いかもしれません」
「短いと言えば短い?」
その人は探るように私の目の奥を覗き込んだ。少し意地悪に、でも真っ直ぐな視線だった。
「短い……いえ、短くはないと思います」
取り繕った気がした。嘘をついている気はなかったけど、なんだか、自分を暖かい毛布で包み込んでいるような感覚だった。
「あいつの事をどう思っているんですか?」
その質問の意図が分からなかった。”どう?”と思った。”どう”とは一体何を指しているのだろうか、その人が聞きたい事柄分からず、私は何を答えたらいいのか分からない。
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