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長編小説『becase』 17

 苦痛他ならなかった二週間をなんとか乗り越えた。当初長く感じていた二週間も終わってみれば、あっという間だったような気がする。

 一応の形式として、会社を巣立っていく私に複数の社員から拍手が送られた。この中にいる人間で私が彼を探すために仕事を辞めたと知っているのは美知だけで、他の人は私をどう思っているのだろう。皆一様にして暖かな笑顔を向けているけど、腹の底では苦笑しているに違いない。どんな考えだって、結局は苦笑に行き着いてしまうのだと思う。

 やっぱり美知は笑っていないかった。もちろん泣いてもいなかった。いつもの表情のない表情のまま、その視線だけは私を貫くようにしっかりと向けられている。痛いよ、と言ってやりたいけど、私は他の皆に対する愛想の笑顔をただ貼付けている事しかできなかった。

 会社という空間から出ると、今までに経験した事のないような開放感が私を包み込み、それと同時に感じた事のないような不安を纏った。大丈夫、とりあえずの貯金はいくばくかあるし、質素な生活を送れば、当面は息を続けられるだろう。空は見た事もないくらいの晴天、私を迎え入れるようでもあるし、私を途方もないどこかへ追いやってしまうようでもある。夏が終わり、もう少しだけ秋が顔を出している。むっとした湿気はなくなり、爽やかな風が頬を冷やした。私は、どこに行けばいいのだろう。指針だった彼が消えてしまって、私はこの広く溢れかえる生活の中で完全に漂流してしまった。右も左も途方もなく続いている空間に、私自身がどこに向かって歩けばいいのか分からない。彼に付いて行ってばかりだったのに、その彼がいない。私はこれから指針であった彼のいない生活のなかで彼を探さなくてはいけないんだ。そう考えると、またそれは途方もない道のりだった。見つけだす事なんてできるのだろうか、もし見つけた時、私は彼になんて言おう。「なんで突然消えてしまったの?」「どうしたの?」「帰ってきてよ」「ばか!」幾つか言葉が浮かんだけど、そのどれも自分を納得させる事はなかった。理由は分からないけれど、どれもしっくりこない。

 左足を前に出すと、右手が付いてきた。右足を前に出すと、左手が付いてきた。そうして私は自分の決めたように自分の足で歩き始め、どこにいるのかも分からない彼を探すために、途方もない、いつ終わるのかも分からないけど、今は彼を探し出すという事で頭がいっぱいになっていたのだ。

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